第11話 変わらぬ光景と届かぬ想い

  ――ただ、泣いている事しか出来なかった。



(また、この夢か...)




この夢を見るのは何度目だろう。


 両親が言い争い、お互いがお互いの思いを主張しているが、もはや何を主張しているのかもわからないような声で怒号を浴びせあっている。


まだ小さい俺は姉に守られながらその光景を前に泣いていた。


争いは次第にヒートアップしていき、遂には父親が母親に殴りかかった。


 大好きな母親が目の前で暴力を振られている事への悲しみと父親にいつ標的にされるかわからない状況への恐怖で俺はパニックになりながら、声を抑えて泣くことしか出来なかった。



(ほんとに何も出来なかったな...俺.....。)



 自分が何か行動出来ていたら...何度も考えた。


言うまでもなく、当時の俺にできることなど何もなかったし仮にあったとしてもたかが知れている。


そんな抵抗をしたところで奴をさらに逆上させるだけだろう。


ありもしない可能性を探し続け、変えられない過去を後悔し続ける。


この過去は俺にとって決して解かれることのない呪縛だ。


なんど見ても変わらない光景、俺はこの先何が起こるのかも鮮明に覚えている。



――こっちに来い!!!!


 父親の怒鳴り声に萎縮した俺と姉は恐怖で動けず、その場で固まってしまった。


そんな俺たちの様子にさらに苛立ったのか、父親がドスドスと足音を立ててこちらに近づいてくる。


父親が目の前に来た瞬間、腹部にものすごい衝撃と激痛が走り、気がついた時には地面に転がっていた。


家族という「大切な存在」でありながらその大切な人がすべてを壊していることを小さいながらに悟った。


――今までのやさしさは嘘だったのか?


――大好きな父親は偽物だったのか?


心の中で疑問を投げかけても、誰が答える事もない。



「神様でも誰でもいいから助けてよ...」


.....ん...ん。


 ぼんやりとした視界の中にサラサラと長い髪を揺らしながらこちらを覗き込む人影が見えた。


「女神様?」


その光景に思わず言葉が溢れる。


「女神様じゃないですが、おはようございます。気分はどうですか?」


 いまいち状況が掴めていない俺に朝比奈さんは優しい声色で返事をしてくれた。


「あぁ、ごめん。すっかりよくなったよ」


体を起こし部屋の時計を確認すると時刻は20時を回っていた。


「体調がよくなったならよかったです」


俺の様子に安堵したのか、朝比奈さんは一息ついて立ち上がった。


 頭が冴えてきて、ふと疑問が浮かんでる。


「朝比奈さん帰らなかったけ?俺見届けてから寝た気がするんだけど...」


 そう彼女に問いかけると彼女から不穏な雰囲気が漂い始めた。


「一ノ瀬くん....どうしたらあんなに部屋が汚れるんですかね?」


笑顔こそ崩れてはいないが明らかに怒っているのが伝わってくる。


 そう言われ自分の部屋を見渡すと散らかっていた部屋が綺麗になっていることに気が付いた。


彼女が気になった疑問は部屋を掃除をしてくれたから抱いたのだろう。


「えー、普通に生活してました?」


「普通に生活してたらあんなにゴミは溜まらないですし、うちのマンションは下に捨てればいいだけじゃないですか」


「生ゴミ系はちゃんと捨てるタイプではあります、、一応」


「よくわからないことを言ってないで全部捨ててください」


心底呆れたような顔をしながら朝比奈さんは呟き、言葉を継ぐ。


「それに体調は自分が生活する空間でも左右されるのですよ」


「ごめんなさい...というかそんな事までしてくれなくて平気だよ自分でやるから」


「現にやってないじゃないですか」


「あ....はい....ごもっともです....」


返す言葉もない。


「流石に看過できなかったので勝手ながら部屋を掃除させていただきました。それであとは掃除機をかけるだけですので一ノ瀬くんが起きるのを待っていたんです」


「いや、本当にそこまでやってもらうのは悪いよ、今からでも俺がやるから」


「あなたは休んでいてください。あなたに必要なのは休息ですよ」


もう、こうなったら甘えてしまおう。


下手に口答えすれば却ってよくなさそうだし、このお礼は後日何かしらの形で返そう。


「すみません、お願いします」


「はい。承りました」


そう言って朝比奈さんは掃除機をかけ始めた。

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