第12話 2人だけの秘密

 今俺の目の前に広がっているのは、あの朝比奈月が俺の部屋を淡々と掃除機をかけている不思議な光景だ。


学校の女神様と言われている彼女がただ黙々と俺の部屋の掃除をしている姿は現実味がなく、体調が悪いせいで変な夢でも見ているんじゃないかと錯覚してしまう。


彼女とはここ最近でやたらと関わる機会が増え、遂には意図せず部屋にまであげてしまった。


 一人暮らしの男の家に女の子が来るという男子高校生なら憧れるシチュエーションをその場の流れみたいな最悪な形で消費してしまい悲しくなる。


それにしても、美少女の力はすごいもので掃除機をかけているだけでも絵になっていてついつい目で追ってしまう。


彼女をぼーっと見つめていると俺の視線に気づいた朝比奈さんが掃除の手を止めてこちらに向き直る。


「あの...そんなに見られているとやりづらいのですが....」


「あ、ごめん。すごく絵になっている物だから....見入って...ました...」


「はぁ....。別に見ていてもいいですが、あなたの仕事は休む事なんですからね?」


言ってから失言だったことに気がついたが、すでに遅く、きまずい沈黙が流れていた。


「えっと…私は他の部屋を掃除機かけてきますね」


そう答えた彼女は足ばやと別の部屋に掃除機をかけにいった。


****


「一通り掃除は済みましたよ」


 数十分ほどして、別室も掃除してくれた朝比奈さんが何事もなかったように部屋に戻ってきた。


「何から何まで本当にありがとうございます」


「いえ、私の方こそ勝手に掃除してすみません。もうゴミ貯めないでくださいね?」


「善処します....」


 そんなやり取りをした後、俺は今日彼女と一緒に過ごして思っていた事があったのだが本人に聞いていいものかと考えていた。


「あの、今日一日...」


 逆に中途半端なところまで発言したことにより逆に興味を持たせたかもしれないと思ったが目の前の彼女は特に気にすることなく淡々と机の上に何かをそろえている。


「…では、一ノ瀬くんが聞きたかったこと私が当ててあげましょうか」


机の上に用意された物に不備がないか確認しながら朝比奈さんはこちらを振り返りながら答えた。


「学校での私と今の私のイメージが全然違うな。ですかね?」


 先ほど自分で彼女に聞こうと思っていたことが彼女の口から発せられ驚きのあまり反応に遅れてしまった。


「ごめん.....。無神経な事聞こうとしちゃって」


「全然大丈夫ですよ。自分でも思うところはあるので」


そう答えて、彼女はこちらに身体ごと向き直る。


「では、どちらの私が本当の私でしょうか?」


唐突に意図のよくわからない質問をなげかけて来る。


「....それってどういう意味?」


冗談めかすように言う朝比奈さん。


しかし、その瞳はなぜだか不安そうに揺れているように見えた。


「どっちも朝比奈さんだと思う...?でも、どっちがかと言われれば今の方かな」


「どうして、そう思ったのか聞いてもいいですか?」


正直なんて返していいのか分からない。


 朝比奈月という少女は同学年では偶像のような存在で、誰が見ても魅力的だと言えるだろう。


だが、俺は彼女に対して違和感を持ち、そして何処か”似ている”なと思っていた。


理由はどうあれ、彼女は自分を偽るために仮面を被っている。


 それがただ利己的なものであるのか、あるいは俺と同様に過去の体験から来るものなのかは定かではないが、少なくとも偽りの仮面を被るその姿に俺は近しいものを感じていた。


だから、なぜそう思ったのかを話してしまうと自分も”偽っている”と白状しているもので回答に躊躇ってしまう。


 でも、何故だろうか。特に他意はないのだが彼女には話してもいいなと思ってしまうのはこの空気感のせいにしてしまおうか。


「そりゃあ普通に考えれば学校にいる時は素で家だと猫被ってる方が珍しいし、あと…自分と似てるなと思ったから」


「ふふっ....成程です」


要点を得ないような回答になった気がしたが、朝比奈さんは納得してくれたようだった。


「なんかごめん」


とりあえず謝っておこう。


「ほんとですよ全くもう」


 とりあえず謝ったのは俺だけど何故か怒られた。


少し理不尽な気がする。


「いつからだったかな...。もう分からなくなっちゃったな.....」


優しくうるんだ瞳がどこか遠くを眺めながら呟いた。


「今日1日の言動とか行動の方が俺は人間味あって好感もてるけどな」


俺は今日関わって思ったことを素直に彼女に伝えた。


「余計なお世話です。今日の事は秘密ですからね?言ったらただじゃおきませんから」


 一瞬きょとんとした表情でこちらを見てきた後、若干の棘のある言葉を放つ彼女。


でも、その声色は明るく聞こえた。


「言わないよ。別にいい広めても何も生まないし」


今日一日世話して貰っておいてそんなことしたら恩知らずとかそういうレベルではない。


「なによりなんでそんなことしってるんだ?ってなったら俺の平穏な学生生活は終わる」


「なるほど、一ノ瀬くんは平穏な学生生活を送りたいと、じゃあ今日の出来事がバレれば非常にまずいという訳ですね」


 にやりと先ほどと打って変わり朝比奈さんが悪い笑みを浮かべる。


「まぁ、そうなるね。なんなら同じマンションだって知られるのもまずい」


「では、このことはすべて2人だけの秘密にしましょう」


「お互いの”平穏”な日常のためにね、嘘つきな一ノ瀬くん?」


人差し指を口に当て何とも可愛らしいしぐさで朝比奈さんは微笑んだ。


…というかやはり俺の"仮面"もバレていたようだった。


「じゃあ、そうしようか」


「交渉成立ですね」


可愛いとも怖いともどちらとも受け取れる美少女の笑顔の圧の元2人だけの平穏な日常生活の条約が結ばれた。

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