第4話 変わらない日常

 放課後に朝比奈さんと話した翌日、いつも通りの時間に登校してきて、教室の戸を開ける。


まだホームルームの20分ほど前だが、クラスにはかなりの人がおり、当然朝比奈さんもすでに来ていた。


相変わらずすごい人だかりができている。


「おはよう...柊...」


なにやら、しなしなになった廣幸ひろゆきが声をかけてくる。


「ああ、おはよう」


なんだかんだ廣幸との付き合いは続いていた。


 必要以上に詮索してこないというのもありがたいし、何よりいい意味でも悪い意味でもこいつには裏がなかった。


「どうしたんだ廣幸、今日のお前濡れ煎餅みたいだな」


「ほっとけ!..ていうか聞いてくれよぉ...俺が可愛いと思ってた殆どの子がもう、彼氏いるんだってさ..」


「そりゃすごいな」


流石は花の高校生、青春全開だ。


「感心してる場合じゃねぇよ!俺の青春計画が....」


そんなクソみたいな計画は討ち滅ぼされて当然だと思う。


というか廣幸の一番の狙いも彼氏持ちだったのだろうか。


「そういやお前、一番狙っていた岸宮さんはどうなったんだ?」


「あぁ...それね..」


なにやら顔色がよろしくない。


「あの子、やばい子だったわ。この前学食でサッカー部の先輩に声かけられてたんだけどそれはもうものすごい暴言吐き捨てて半泣きにしてたわ」


なにそれ怖い。


「今じゃすっかり暴君だの、暴言の生き字引だとか...」


「そりゃあひどい言われようだな」


 朝比奈さんが女神と言われているように彼女も入学当初、それはもう可愛らしい寝顔で授業中寝ているとのことで眠り姫と呼ばれていたのを聞いたことがあるが、眠り姫から暴君...それほどイメージを変えられる彼女もすごいなと感心してしまう。


「やっぱり俺たちのオアシスは朝比奈さんしかいないのかぁ...」


「まぁ、あの子なら可能性くらいはあるんじゃないか?俺みたいのですら話してくれるような子だし」


 その瞬間、首がちぎれるんじゃないかという勢いで廣幸の頭がこちらを振り向く。


「話した!?朝比奈さんと!?」


「声でけぇよ、もうちょい静かにしろ」


「お前、枯れてるか熟女好きかと思ってたけど同年代の女の子に興味あったんだな」


こいつ、一発殴っていいだろうか。


「俺が話しかけたんじゃなくて、向こうから話しかけてくれたんだよ」


「お前、一生分の運を使ったな、絶対30歳頃には禿げるぞ」


「俺の家は老後もフサフサの家系だ、それはともかくそんなに珍しいことなのか?朝比奈さんから話しかけるってのは」


「まぁ珍しいだろうな、あれだけ人に囲まれちゃあ自分から話しかけること難しいだろうし」


入学式の時に思った通り、彼女は基本的に毎日大人数に囲まれ大変そうである。


しかしそれでも嫌な顔ひとつしない彼女は、あだ名通り女神と言えるだろう。


「良いなぁ、お前どんな裏技使ったんだ?頼むから教えてくれよぉ~」


「良いなぁってお前だって別に話す事くらいできるだろ」


「そりゃあ話す事は出来るけど、俺が良いなぁって言ったのは朝比奈さんから声をかけられるほうだ」


そういうものなのか、俺にはあまり理解できないが。


「裏技もなにも放課後に寝てただけだ」


「やっぱお前禿げるわ、てか禿げろこのハゲ!」


禿げるのかすでにハゲなのかどっちなのか。


 しかしまぁ廣幸の反応からしてもやはり彼女は皆のアイドル的立場にいるのだろう。


そのまま廣幸と話していると5分前の予鈴がなる。


「まぁ今日も一日頑張りましょうか!」


「おう」


適当に返事をする。


このくらいの距離感はものすごく楽だ。


 なにより廣幸相手にはあまり取り繕う必要なく会話ができ相手との距離感をしっかり図る廣幸のおかげで俺はこの関係性を保てている。


だが一つだけ懸念を抱いてしまう。


いくらいい奴だと頭でわかっていても人を信じようとする行為に恐怖を覚えてしまう。


一歩踏み出そうとするとかつての記憶が俺の足に絡みつき、進ませまいと邪魔をしてくる。


どうやら俺はまだ過去を引きづっているらしい。


いつまでたっても変われない自分を嫌悪する。


はぁ...と溜息一つ零し担任を待った。


その後は特に何があるわけでもなく、いつも通りの日常だった。


 この日は5、6時間目は寝ずに済み、さっさと帰ることにした。


廣幸はバスケ部の活動があるため、いつも帰りは一人だ。


 今日は買い物行かないとな…昨日で最後の冷凍食品だったからなぁ…


上履きからローファーに履き替えかえていると


「おや、偶然ですね?」


背後から突然話しかけられ、思わずビクッとする。

というかこの声は...


「昨日ぶりですね、今日はもう帰りですか?」


やはり、朝比奈さんだった。

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