第24話 席替えは確率だ
物事は自分の気持ちを組んでくれるほど甘くなく、ナーバスな気持ちを引きずったまま席替えが進行していく。
黒板には大きく座席が描かれ、男子が青、女子が赤のチョークで席に番号が振り分けられている。
俺は教室の隅で平穏に過ごせればそれで満足なのだ、一番後ろの列、願わくば窓際の一番後ろにさせてくれ。
そんな自分の希望を持ちながら黒板に書かれた座席表を眺めていた。
席替えは担任の代わりにクラス委員長の清水さんによって進行して行われている。
というのも、担任は席替えの指示をするだけして印刷し忘れたものがあるとか言って教室を立ち去ってしまったのだ。
いくら清水さんが委員長だからといって丸投げするのは教師としては如何なものだろうか。
丸投げされた清水さんは以前にも同じ事があったかのように慣れた様子で手際良くクラスの人達に指示を出していた。
最初に最前列に座りたい希望者を募り、前の座席が埋まった後にくじ引き形式で席替えが始まった。
幸いにも最前列を希望した生徒は思っていたより多く、おかげで一番避けたい最前列の枠は残り2つまで減った。
今の座席は出席番号順な為、幸いにも俺は早々にくじを引きに行く事になった。
引く順番が早ければ早いほど当たりの席を引く確率は高いはずだ。
逆にいえば外れの2席も残っている確率が高い訳だが、それはもう諦めるしかない。
後は俺が確率に勝利すれば良いだけ、イメージするのは常になんとやらだ。
一番の望みは窓際の最後列だが、最低限目立たない席であってくれと願いながらくじの箱に手を伸ばし一枚の紙を掴んだ。
「くじを引いた人は全員引き終わるまで紙を開かないでください」と委員長から指示があり、くじを引いたあと早々に座席に戻った。
くじを引いた人は座席で紙に書かれている番号に期待を抱きながら自分の座席でそわそわしていた。
まぁ、主に男子陣は隣の席の女性陣に期待しているのだろう...なんといってもうちのクラスには女神様がいるからなと、今女子サイドでくじを引いている朝比奈さんに視線を向けた。
朝比奈さんとはあの日以降条約通り関わりはない、強いていうならマンションでばったりと会ったときには軽く挨拶を交わすくらいの関係だ。
約束をしっかりと守ってくれてこちらとしては非常に助かっている。
仮に一緒に外出した時のように学校で話そうものなら、色々な人から恨みを買うだろう。
そして恨みを買った事により身辺を調べられ、同じマンションに住んでることが露呈すれば俺は生きていられるか分からない。
....まぁ流石にそこまでの事態になるとは思っていないが。
ともあれそんなリスクを負ってまで彼女に関わろうとは思わないし、そもそも俺の目標は静かに暮らして何事もなく高校を卒業する事なので彼女と関わると言う選択肢は初めからないのだ。
母さんとの約束を破ってしまうことになるが、この世界にはついてもいい嘘が存在するのだ。
少し後ろめたさがあるが、そこは俺が上手いことやれば問題ない。
「それではくじが行き渡りましたので、中に書かれている数字を確認してください」と改めて、この高校生活に対し決心した所でくじが全員に行きわたったらしく、委員長から指示があったため俺もくじを開いて番号を確認する。
くじを開けばそこには自分が求めていた希望の席の番号が書かれていた。
まさかこんな都合よく自分が求めていた番号を引けるとは思わず、くじに書かれた数字と黒板に書かれている座席表を照らし合わせた。
....改めて確認してみても間違いなどなく俺は自分が希望していた席を引き当てたらしい。
柄にもなく小さくガッツポーズしてしまうくらいには嬉しかった。
ただ懸念があるとすればここで今年全ての運を使ってしまった気がする事だろうか。
「今後は日頃から善行を積んで運気を蓄えよう....」
高校生活早々に運をだいぶ使ってしまった分日頃の行いから見直し良い一年を過ごそうと決めた瞬間であった――。
その後、委員長から再び指示があり番号に書かれた席に移動を始めた。
俺は求めていた窓際の1番後ろという特等席が楽しみで今まで使用していた座席に名残惜しさを感じる事もなく、早々に別れを告げに移動した。
と言っても、元々いた席から数個後ろに移動しただけなのだが。
新しい座席に座り周りを見渡す、一番後ろの角席と言うこともありクラス全体が見渡せる。
移動している人達を眺めていると、その人が新しい席に満足しているか、逆に不満を持っているかが顔を見れば簡単にわかるほど表情に出ており、その光景が少し面白かった。
俺も最前列を引いたのなら前の席に未練がましくしがみついていたであろう。
今は曇天のため前の席から見えていた景色と同様に窓の外には灰色しかないが、晴れてさえいればきっと良い景色になるに違いない。
しかし、ただの席替えで自分が感情を動かされるとは思わなかった。
まぁ言ってしまえばソシャゲのガチャで当たりを引いたようなものなのだからテンションが上がるのも当然と言える。
「お前どんだけ運が良いんだよ」
聴き馴染みある声の方を向けばそこには廣幸の姿があった。
「俺も自分でびっくりしてるよ」
「今年の運ここで全部使っちまったな、まぁ俺も運を使っちまったぜ」
まさか、廣幸が運を使ってしまったと言うことは朝比奈さんか岸宮さんが隣になったのだろうか?
「それで、お前の運はどこに使ったんだ?」
「聞いて驚け柊よ俺の席はここだ!」
そう言って勢いよく座った席は俺の斜め前の席だった。
果たして、こいつの運はどこに使ったんだ?
「見たかぎり、お前が望んでいた人ではなく俺だけだが」
「だから、運を使ったんだよ、まさかお前と近くの席に慣れると思わなかったわ」
....面と向かって言われてはこちらの方がむず痒いものがある。
咳払い一つして切り替え、廣幸の方を見ればいつも通りで気にしているのは俺だけの様だった。
「俺らの席の隣誰だろうな、まさか俺らだけ居ないんじゃないか!?」
このクラスは割り切れる人数なのだ、そんなことがあるはずがない。
「もう少し待ってれば来るだ....」
と言いかけたところで、俺と廣幸は1人の女子生徒を驚きを隠せず見詰める形になってしまった。
「何見てんだよ」
開口1発目に整った顔立ちから放たれたのはギャップのある強い言葉だった。
声の主はじっと見つめられていることが不愉快なのか鋭い眼光をこちらに向けて立っている。
俺達がなぜ話を中断してまで見つめてしまったのか。
それは彼女こそが廣幸が願ってやまなかった内の1人、岸宮さんだったからだ。
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