第25話 お隣の女神様

 まさかの人物に驚きが隠せなかったのは俺だけではなかったみたいで前にいる廣幸を見れば口を大きく開け彼女を見ている。


どうやら人は本当に驚くと静止するらしい。


俺はあまりクラスメイトの事情は詳しくないのだが、廣幸から度々岸宮さんの話をされるので彼女がどんな人物であるのかは把握していた。


 岸宮空露きしみやうつろこのクラスでルックスだけなら朝比奈さんと唯一並ぶであろう人物と言われているらしい。


決定的な差と言われているのがその性格で、誰に対しても親切で優しく気遣いができる朝比奈さんに対し、誰に対しても基本冷たく、気に食わない事ははっきり言う上紡がれる言葉はとにかく鋭利とまさしく対極の位置に存在している人物と言われている。


そんな性格もあってか彼女を嫌う人も多くいる反面、歯に絹着せぬ物言いやその容姿に惹かれている人もまた異性同性問わず多くいるようだ。


廣幸からは先輩を泣かしてたとか岸宮さんにまつわる怖い話やよくわからない噂を散々聞いてきたが、確かに彼女に面と向かって言われるのは中々に怖かった。


それも女子にしてはかなり高い身長とナイフのように鋭い目つきによるものだろう。


「嫌な気にさせてごめんね、俺後ろの席だからよろしく」


固まった廣幸はひとまず置いておいてこちらを睨んでいる岸宮さんに謝罪する。


とりあえず許してもらえたのか彼女は俺を一瞥すると、溜息をついて前の席に座った。


「柊ぅ!俺、本当に運を全部使っちまったみたいだ!」


先ほどまで固まっていた廣幸の開口一番の声が大きすぎて何を言っているかあまり聞き取れなかった。


「「うるさい」」


岸宮さんと綺麗なシンクロした注意を受けた廣幸は萎縮して泣き顔で俺の方を見つめてきた。


想像以上に岸宮さんが怖かったのか、SM系の事前学習は意味をなさなかったようで廣幸から喜んでいる様子は全く感じられなかった。


「今のはお前が悪いから仕方ない」


擁護できるはずもなく明らかに廣幸に非があった。


 岸宮さんというただでさえ注目の集まる人物なのに彼女の席が何処なのかと視線が集まっている所に廣幸が大声をだしさらに注目されてしまい、教室の隅に続々と視線が集まっているのを感じる。


せっかく、静かに過ごせると思ったのにこれでは真逆ではないか。


そんな廣幸はこっちの事など知る由もなく岸宮さんに図々しくも自己紹介を始めたが、岸宮さんは廣幸には目もくれず、無言でポケットからワイヤレスイヤホンを取り出し装着すると窓の外を眺め始めた。


 とりあえず反応さえすれば喜ぶ廣幸に対してなんと的確な対応だろうかと本人には悪いが思わず感心してしまう。


言葉を返すまでもなく態度で興味がないと跳ね除けられ、流石の廣幸も黙りこみ俺の方を見て寂しげに笑った。


こちらに笑いかけられても俺にしてやれる事は何もないのだが、流石に少し同情してしまう。


「あー…その、ナイストライ」


俺の言葉に廣幸は静かに頷くと死んだ目で虚空を見つめ始めた。


 まぁ、なんにせよ廣幸のお隣さんはまさかの人物で幕を閉じたのだが、肝心の俺のお隣さんは誰なのだろうか。


まさか、俺の隣には本当に居ないのでは....と、先ほど自分で否定したはずなのにそんな事を考える。


廣幸みたく特別誰が良いみたいなのはないのだが、ここまで引っ張られると流石に気になってくるものがある。


「お隣さんは一ノ瀬くんでしたか、よろしくお願いしますね」


「なっ....」


俺の席替えは彼女の声掛けにより絶望に変わった。


彼女の顔を見ると、優しく微笑みながら俺の方を見ていた。


....どうやら俺に運の蓄えなど元からなかったようで、条件付きの幸運だったようだ。


その結果としてあまりにも大きな代償を払わされる事となった。


せっかく隅の席を手に入れたのにクラスの中心がこちらに来てはなんの意味もない。


「よろしく...朝比奈さん」


教室中がざわめく中、俺は朝比奈さんと挨拶を交わした。


「柊...俺らすごい運を使っちまったぞ..これ」


 死んだ魚の目をしていた廣幸も朝比奈さんの降臨によって生気を取り戻し、驚きを隠せていない口調で俺に喋りかけてきた。


確かに廣幸の言いたいことはわからないでもない、学校で有名な2人が近くの席に固まっていて、俺達はそのお隣さんである。


ただこの状況を喜べるのは俺以外の場合だ。


これでは平穏どころか逆に目立ってしまう。


朝比奈さんとは条約を結んでいるがそれすらも意味をなさなくなってしまった。


「あんまり、そういうことは口にしない方がいいぞ」


とりあえず彼女達の前でべらべらと喋る廣幸に注意して動揺を落ち着けた。


 廣幸は持ち前の明るさで他のクラスメイトとのやり取りを軽く交わしているのだが、俺の場合はそうではない。


教室全体に視線を移すと男子陣の視線がかなり痛いのは勿論の事、隠す気がないであろう物言いも聞こえてくる。


 まぁ、言いたいことは分かるのだが、俺だって望んでこうなったわけではないのは理解してほしい。


勝手に妬むのは辞めてほしいし俺だってこうなってしまっては変われるならこの席を変えたい位だ。


「一ノ瀬くん?大丈夫ですか?顔色悪いですけど」


朝比奈さん...今声かけるのは辞めてくれ...


教室の情勢など一切気にしていないであろう朝比奈さんが俺に話しかけてきた。


「あぁ、ちょっとね..まぁ、大丈夫だよ」


この朝比奈さんの心配の一言で俺は更に男性陣から視線の矢でたくさん貫かれた。


一体どうしてこうなったんだ....


廣幸に助けを求めたいが、こいつがこの状況で助けの当てになるはずもなく、俺は諦めて机に顔を伏せた。


「一ノ瀬くん、一応授業中ですからね、寝ちゃ駄目ですよ」


朝比奈さん...席替え中に授業なんて概念はないよ。と心の中で返答し、顔を伏せたままその言葉を聞き流した。


「朝比奈さんの言う通りだぞ柊、起きろ!」


「お前はマジで黙ってろ」


流石に廣幸に腹がたったので半ば当てつけ見たく顔を上げ廣幸に言葉を返した。


というか、俺の前の岸宮さんも気持ちよさそうにすやすや寝てるではないか...


もう、それを口に出す事さえ面倒になって俺は溜息一つ溢し、窓の外の景色に視線を移して逃げた。


 散々俺を苦しめるだけ苦しめて空一面に蔓延っていた雨雲は、気がつけば俺を煽っているかのようにどこかへ流れ始めており、その隙間からは太陽が顔を見せ始めた。


窓の外は晴れてきたというのに教室の中の雰囲気は曇り始め、俺は気圧とはまた別の頭痛に苦しめられることとなった。

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