第26話 不穏な空気
授業終了を告げる鐘と同時に俺は机に倒れ込んだ。
席替えを終えてから非常に居心地が悪い教室のせいで普段より余計に気疲れした。
ちらっと隣の朝比奈さんを見やると最後の授業で使った教材をトントンとリズムよく鳴らし綺麗に整えていた。
ここ最近で幾度と思った事だが、やはり美少女は何をしても絵になるものだと彼女を見て思う。
こういったふとした日常の風景ですらこうなのだから、他の男子達からしたら喉から手が2、3本は出る程に欲しかった席に違いない。
それはそれとしてこれからどうしたものだろうか....
できる事なら誰かに代わって欲しいくらいだが、あいにく俺がまともに話す相手は廣幸しかいないし、おまけにその廣幸もご近所なので代わってもらったところで誤差だし、何より先生が大した理由もなく個人間の席替えなど許すとは思えない。
結論から言えば対策のしようがないので、残念ながら後何ヶ月先になるかもわからない次の席替えを待つしかない。
せっかく希望通りの席を手に入れたというのに次の席替えを待ち続ける羽目になるとはなんとも悲しい話だ。
これ以上悩んでいても仕方がないし、このままだとせっかく治ってきていた頭痛も再発しそうなのでとりあえずさっさと帰路に着く事にする。
そうだ、とりあえず一度寝てからまた考える事にしよう....。
どうせ寝て起きても解決策なんてのは出てこないだろうがそれは未来の俺がなんとかする話だ。
最後の授業で使った教材を早々と鞄に詰め込み席を立ち上がる。
「お、柊帰るのか?また明日な」
「おう、部活頑張れ」
廣幸はバスケ部に所属している為、一緒に帰る機会は少なく、こうして帰りに挨拶だけ交わす事が多い。
鞄を手に取り教室を後にしようとした時、丁度扉の近くの席から俺に対して悪意ある物言いが聞こえてきた。
見れば話しているのはうちのクラスでも割と派手よりの目立つ面々の様だった。
やっていることは陰湿だが、大雑把に分類するのなら陽キャという区分になるのだろうか。
まぁ、薄々こうなるなと思っていたが....
無視しようとしたが、変に歩く足を止めてしまったのでそのまま喋りかけた。
「言いたい事あるなら直接言ってくれるか」
穏便に過ごそうと思っていたが、思わず喧嘩を売るような言い草になってしまった。
まさか自分たちが馬鹿にしている相手が話しかけてくるとは思っていなかったのか、連中は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに視線を見合わせてニヤニヤと笑い始めた。
不穏な雰囲気を察してか教室の中も騒然とし始めており、声をかけてしまったのを後悔し始めていた。
話は進まないし、言いたいことははっきりと伝えたので帰ろうとすると、連中のうちの1人が俺の目の前まで近づいてきて口を開いた。
「朝比奈さんと親しげに喋ってたけどお前みたいな奴が朝比奈さんと釣り合うわけないだろ」
ようやく言葉が返って来たかと思えば、意味不明な言いがかりをつけられて俺は唖然としてしまった。
そもそも、親しげに会話をしたつもりなどないし、たかが席替えで隣になっただけでなぜそうなるものだろうか。
コイツらと俺では根本的に考え方が違いすぎるし、ただ少し話しただけで不満を抱いているコイツらは幼稚すぎる。
思わず反応して声をかけてしまったが、流石に呆れの方が勝ってしまい返答するのもめんどくさくなってしまった。
「そんな事言われ無いでもわかっているし、そもそもそんな事を考えてもないから安心して良いよ」
そう答えた所で不穏な雰囲気を感じとったのか廣幸が近寄ってきて間に割って入った。
「おいおい、お前ら何を熱くなってるんだ、落ち着けよ」
相変わらず人の事を本当に見ている奴だな、コイツは。
「大丈夫だよ、揉めて無いから」
「いやいや、この状況を見てそれは無理があると思うぞ」
揉めてはない、うん。
俺の中では相手の思っている事を直接聞いただけに過ぎ無い。
「じゃあ、朝比奈さんと喋るなよ。お前みたいな奴が喋ってるの見えるだけで不愉快な気分になるから」
「お前らなぁ、その辺にしとけよ」
俺が何かを言う前に廣幸が言葉を発した。
諭す様に言ってはいるものの、その声色には明らかに怒気が含まれていた。
俺としてはそれくらいで穏便に済むなら非常にありがたい、むしろ目立ちたくない俺からしたら好都合まである。
それにこれ以上この空気が続くと廣幸と連中の喧嘩になりかねない。
俺がわかったと言えばこいつらも納得するだろうし、さっさとこの場を収めよう。
「それで良いなら問題な...」
「学校生活でそれは逆に難しいと思いますよ。それに席も隣ですからね」
俺が言い切る前に勝手に巻き込まれた側である朝比奈さんが口を割って入ってきた。
するとどうだろうか、先ほどまで俺に悪態を付いてきた彼らも朝比奈さんの介入によって態度がコロッと変ってしまった。
朝比奈さんすげぇ....
相手の感情さえも変えてしまう程の影響がある人物をこの先の人生で見ることができるのだろうか...そう思ってしまうくらいに朝比奈さんに驚嘆してしまった。
俺は彼女に何回驚かされればいいのだろうか。
神様の存在は信じていなかったのだが、朝比奈さんだけは本当の正体は神様でしたといきなりカミングアウトされても違和感がない気がしてしまう。
気づけば俺に絡んできた連中も女神様パワーで浄化され、何やら楽しそうに会話をしている。
止めに入ってくれた廣幸さえ、しれっと輪に入って会話を楽しんでいた。
俺、もう帰ってもいいか....
先ほどまでの時間は一体なんだったのだろうか、まぁあれであろう、思春期特有の好きな子と席が遠くなってしまい、自分の思い通りにならなかったからその腹いせなんであろう...多分。
結局まともな答えは返ってこなかったので、俺は自分の中で彼らに対し適当に理由を付けて俺は気づかれない間にそそくさとこの場を後にした。
厄介ごとから逃れた後、俺は速やかに学校を後にした。
先ほどの事を思い返しながら帰宅していたのだが、まさか自分から声をかけてしまうなんて馬鹿だなと思いながら溜息をついた。
今日はとりあえず逃げるようにあの場を離れることが出来たが、明日からの事を考えると非常に疲れる。
朝比奈さんが間に入ったおかげで今回はなぁなぁになっただけで、考えてみれば根本的には解決していないのだ。
彼ら程ではないにしろ、あれくらいで冷静に慣れず流せなかった自分にも落ち度があった。
まぁ、今日は疲れたから明日のことは明日考えることにしよう。
疲れのあまり思考を放棄し俺は今日の夜ご飯を調達するべくコンビニに入店した。
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