1、自称・晴明の子孫

一、

「さあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 我こそあかの大陰陽師の子孫にございますれば! タダ見は厳禁、近くに寄って我を見よー!」


 美濃国みののくに岐阜ぎふ城下にて。子ども特有の舌足らずな、声変わりの終わっていない声が響き渡る。

 通りすがりの婦人達は微笑ましげに目を細めている。だが、急いでいるのか、立ち止まる気配はない。

(ふーんだ。そんな風に俺のことバカにしていられるのも、今のうちだけなんだからな)

 少年は袂に仕舞っていた烏色の扇を投げるように勢いをつけて広げる。パシンっ、と軽快な音が辺り一帯に響き渡った。


「お疑いのご様子! ならば、その証をご覧に入れましょう。かつて、安倍晴明あべのせいめいが式神として配した十二天将じゅうにてんしょうをこの場に喚び出して進ぜよう! もしも仕損じれば、お題は結構!」


 少年がそこまで宣言すると、ようやく何人かが足を止める。

 だが、少年の言葉を信じたわけではない。「大仰な口を叩く童」という存在を面白がっているだけに過ぎない。


 少年は広げた扇を、西の方角に流す。扇の先端が宙を斬り裂いた。


「『出でよ、十二天将がひとり、”白虎びゃっこ”!』」


 その瞬間――斬り裂いた空間から光の束が溢れ出した。どよめく衆人を見た少年は、にやりと口角を釣り上げる。

 光の裂け目から、白い獣が姿を現す。人の肉など容易く噛み切れるほど鋭い牙と、ぎょろりと零れ落ちそうなほど大きな琥珀の双眸。大衆からは、息を呑む声が聞こえた。


「『ご安心を。”白虎”は、忠実な我が式神なので』」

 少年は微笑みながら腕を広げた。

「『”白虎”、おいで』」

 少年が呼ぶと、白い獣は身を翻した。人懐こそうに、少年に頬を擦り寄せ、少年も首元を掻いてやる。

 その様子は、さながら猫と飼い主のようであった。

 唖然とする衆人に、少年は高らかに宣言した。


「『我こそは、かの平安の大陰陽師・安倍晴明が子孫、安倍明晴あべのあきはるなり!』」


 真っ先に手を叩いたのは、上等な衣を被いた女人だった。


「――見事じゃ」


 すっ、と心に染み入る、厳かだが、それでいて品のある声だった。

 女人に釣られたのか、客人は次々に手を叩き始め、「坊主、やるな!」と称賛の声を上げる。

 少年は箱を手にしながら、「お気持ちを」と人懐っこく笑って見せた。

 何人かが小銭を放り込んで、仕事に戻っていくのを見送ると、最初に手を叩いてくれた女人も近づいてくれた。

 女人が箱に入れたのは小銭ではなかった。丁寧な刺繍が施された、美しい巾着だった。


「まさか、城下でかような面白き見世物を見ることができるとは思わなんだ」


 ほほほ、と上品に笑いながら、女人が袖を口元に当てる。袖からは、伽羅の匂いが聞こえるようだった。

 女人は衣を外した。衣の下からは、つるばみを砕いたような美しい黒髪が、陽光を浴びてきらきらと輝いていた。


「御方さまったら」


 と、隣に衣を被いた侍女と思しき娘が硬い声を出す。声で若い娘と分かるが、衣を目深く被っているので、顔は見えない。だが、娘からも花のような爽やかな匂いがした。

「少しだけじゃ」

 と、女人は微笑んだ。

 侍女を伴っているということや、衣の仕立て、何より箱に入れられたひとつだけ高価な巾着に入った金子の量。相当身分のある女人らしい。

(豪商の奥さまが、お忍びで遊びに来てるのかな? あるいは、武家の奥方さまがお忍びで……とか。いやいや、お客の身分なんてどうでもいいことじゃないか)

 なんにせよ、金を払ってくれるならば、明晴にとっては立派な客人である。

 明晴はにこりと笑みを浮かべ、上目遣いに女人を見上げた。

「お美しい奥さま。楽しんでいただけたのなら、幸いです! しばらく、岐阜におりますゆえ、どうぞお暇な時などには、またいらしてください。次の機には、ほかの十二天将をご覧に入れますので」

「ほう。ほかの十二天将も、配下に従えているのか?」

 女人は目を見開いた。あまり化粧は濃くないが、元の顔立ちが美しいのだろう。白粉を大量に塗り込めなくとも、女人の面差しは蝶のように艶やかで美しかった。

 はい! と明晴は元気に返事をした。

「わたくしは、安倍晴明の末裔。晴明より、もっとも一族で霊力が強い者が十二天将を代々受け継いでいるのです」

「晴明の子孫、か」

 女人は唇に弧を描いた。

「確か、安倍晴明の直系は、土御門つちみかどを名乗っているはずではなかったかのう……?」


 ぎくり。


 明晴は目を泳がせた。

「あ、あの、ツチミカド? は表の名で……俺、じゃなくて、私は、裏の役目を担っていて……今はそう、視察中なんです! 俺は、裏のことを探して回っていて」

「ふっ」

 女人は吹き出した。高らかに笑いながら、明晴の頭をぽん、と撫でる。

「明晴と申したか。まこと、面白き見世物であった。――また会おう」

 女人はもうひとつ巾着を箱に入れると、踵を返した。


「帰るぞ、初音はつね


 侍女が慌てて女人を追い駆ける。

「また来てくださいね~」

 彼女らを見送ってから、明晴は2つの巾着の柄を見つめた。


 ひとつは蝶。もうひとつは、花の紋様が刺繍されている。


「高そうな巾着だな。……高く売れそうだ」


 明晴は花の紋様の袋を手に取ると、ずっしりと重たい巾着を掌の上で弾ませた。

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