慣れない暮らしは色々大変②

 ざかざかと音を立てて箒を動かす。最近、風が強い。そのせいで、朝だけではなく夜も掃除をしなければ追いつかない。

 ただでさえ、初音はつねはこういった家事に不慣れだ。一回やった程度では、片づかないことも多い。


(それなのに、明晴あきはるったら仕事をどんどん増やすんだから――)


 初音は深いため息を吐いた。


 以前から感じていたが――安部明晴は意外とだらしがない。

 夜は遅くまで起きているし、朝もそのせいで起きられないことが多い。


(あと――意外と口が悪いっ!)


 だん! と音を立てながら箒を地面に叩きつける。ぶみゃんっ、と通りすがりの野良猫が悲鳴を上げて逃げて行った。

 明晴は、初音のことを侍女として扱わない。紅葉が提案した通り、「同居人」として扱う。

 初音にとっても、明晴は恩人――であると同時に、年下なこともあってか、弟のような思いがあった。

(弟なんていないから、よく分からないけれど……)

 明晴は、全体的にだらしがない。

 物は出しっぱなし。食事中も本を読むこともある。体を拭けと言っても「あとでやる」と言ったまま朝になっていることもあるし、目を悪くするから早く寝ろと言うと、「今やろうと思ったのに」と必ず拗ねた態度を取る。

 最初は、「世間知らずな子どもだから」と、自分が大人になるよう努めていた初音だが、最近は限界を感じていた。


『明晴は、子どもらしからぬところがあるんだ』


 以前、紅葉こうようが言っていた。

 明晴を育てたのは十二天将じゅうにてんしょう――特に紅葉の影響を強く受けていると。

 紅葉は口が悪く尊大。そんな紅葉とばかり接していたせいで、明晴は他人の感情の機微に疎いところがある、と。 


信長のぶながのような、ある意味浮世離れした変人や、大抵のことをうまく聞き流せる万見仙千代まんみせんちよならば、気にならないだろうが……。もし、年頃の娘であるお前に不愉快な気持ちにさせたら、それは俺のせいだ。許せ』


 紅葉が危惧した通り、明晴はかなり同居人としては暮らしにくい相手であった。

 極めつけは、今朝の発言である。



『食べ物なんて胃袋に入れれば同じ』



「誰のために頑張ってると思ってるのよ――――――!」


 初音の悲鳴が、金華山に響き渡った。

「おやまあ」

 軽やかな品のある声が耳朶を打つ。

「え」

 聞き馴染みのあるその声に、初音は目を真ん丸くした。


「久しぶりじゃな、初音。元気そうで何より」


 そこに立っていたのは、かつて仕えていた相手。

 織田信長の正室・帰蝶きちょうであった。

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