八、

 頭が重い。

 枕に頭を預け、初音はつねは掻巻に包まり目をつむっていた。

 何度もまどろむ。しかし、うつらうつらすればその度、打ち据えられたような激しい痛みが眠りを妨げる。何日もそれが続くものだから、睡眠不足が積み重なる。

 昨晩、とうとう耐えられずに倒れてしまい、帰蝶きちょうからしばらく床に着くよう命じられたのだった。


 昔から、こうした頭痛は度々あった。しかし、ここまでひどく、しつこい頭の痛みは初めてだった。


 幼い頃から眠れない夜は少なくなかった。

 そしてそういう時は――いつも異母姉あねが同じ布団に潜り込んでくれて、眠れない初音の頭を撫でて抱き締めてくれた。そうすると、頭の痛みは嘘のように消えて、ぐっすりと眠れるのだった。

 岐阜ぎふ城に来てからは、何年も会っていない、文のやり取りだけの関わりになってしまった異母姉は今、どうしているだろう。





「――はつね」





「……え?」

 初音は思わず目を開けた。

 玲瓏で、少し舌足らずな優しい声音を、忘れるわけがない。

 だが、それはあり得ないのだ。妾腹の子である初音と違い、異母姉は正室の子。初音の比ではないほど深窓の姫として大切に父は育てているはず。

 信長が命じたのでなければ、城に来ることはないし、もし異母姉を呼び寄せることがあったならば、信長か帰蝶が必ず知らせてくれるだろう。



「初音」



 もう一度名前を呼ばれ、初音はとうとう体を起こした。


すみれさま……?)


 異母姉である菫姫の声を、間違うわけがない。

 何年も会っていないが、初音にとっては一番心を許せる相手だ。大好きな姉の声を忘れた日はない。

(……ううん、おかしい)

 初音は違和感に気づいた。



 初音が実家の蓮見はすみ家を出たのは、7年前。8歳の時だ。

 3つ上の菫姫は、当時11歳。そして今は、18歳。

 たった1年ならばともかく――あるいは、当時、既に成人していた女性にょしょうであったのならばともかく、7年経って子どもから大人になったはずの菫姫が、記憶にある声と同じ声音や話し方をするものだろうか。




「初音。名前を呼んで」




 菫姫の声音が、初音の耳朶にじっとりと絡みつく。




「初音。わたくしの可愛い妹。――さあ、私の名を頂戴」




 呼んではならない、と初音は思った。

 この声に、姉の名を与えてはいけない。そんな直感があった。

 もし呼んでしまったら、取り返しのつかないことになる。

 頭痛が激しさを増す。吐き気を堪えるように――あるいは口から無意識に菫の名が出ないように、口元を両手で覆い隠す。


「初音、さあ、早く――熱いのはつらいだろう? さあ、早く、そなたの姉の名を我に――」


 何かが焦げ付くような臭いがする。まとわりつく熱さに震えながら、初音は口元に掌を押し付け続けた。



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