4、死の淵の招き歌

一、

「まったくもう……。信長のぶながさまも人使いが荒いんだから!」


 箪笥を漁りながら、明晴あきはるは口を尖らせた。

 その光景を見ながら、紅葉こうようは後ろ足で首筋を引っ掻いている。

「一食一般の恩義は返しても罰は当たらないと思うぞー、明晴」

「分かってるよ! これからも、美味しいご飯は食べたいからね。信長さまに逆らっていいことなんかないし?」

「とか言っちゃって」

 紅葉はニヤニヤしながら、前足で明晴を突っついた。

「今回の討伐がうまくいったら、初音はつねさんを助けてもらえる! とか考えてるくせに!」

「なっ! は、初音さんは関係ないだろ!」

 明晴はカッとなって叫んだ。紅葉は肘で明晴の脇腹をぐりぐりとなぞる。

「またまたァ。いい加減素直になれよ、明晴。お前、初めて会った時から見惚れてたじゃないか。仙千代せんちよにも、色々話聞いたりさぁ」

「見惚れてない! 女神のごとき美人だなって、感心してただけ!」

「ふーーーーーん?」

「ニヤニヤするな!」

「女神の美貌なんて見慣れているお前が? 女神のごとくと言ったって、所詮は人間の美少女相手に、今さら見惚れるもんかねぇ?」

「……っ! ああっ、もう!!!」

 明晴は、バンッ! と床を叩いた。その拍子に、紅葉の小さな体躯が可愛らしく跳ねる。



「一目惚れしてますけど何か!? 悪いかよ!?」



 ろくに喋ったこともないから、認めたくなかった。

 だが、はじめて会った時から目を奪われていたのだと明晴は認めた。


 ややつり目気味の翠玉の双眸。

 濡れた烏の羽のような真っ直ぐな髪。

 まるで花びらのように透き通った白い肌。

 すらりと伸びた背は、他の女人よりも高いこともあってよく目立つ。


 天女と並んでも劣らぬ美貌を前にして、見惚れぬ男などいるわけがない。


「あわよくばこれを機に仲良くなりたいなーとか思ってますよ! ええ、思ってますとも! 悪いですか!?」

「悪くはないけど……」

「別に嫁になんて大層なことは望んでないけど! 綺麗なお姉さんとお喋りしたいなーって思うのは、男として当然の性だし!」

「……悪くはないけど、想像よりも恰好悪くてちょっと引いてる」

 うーん、と紅葉は腕を組みながら、明晴が書いた札の束を手繰り寄せた。

「お前の場合は、恋文が書けんからな。まずは字を上達するところからはじめたらいいと思うぞ、明晴」

 正論の刃を突き刺され、明晴は思わずその場に突っ伏した。

「ところで、それなんだ?」

 紅葉が顎で指したのは、明晴が箪笥から取り出したものについてである。

 箱の中から取り出したのは、丸い玉。灯火の光を吸い込み、きらきらと輝きを増した。

水晶すいしょう

「これ、水晶なのか? ほー、綺麗なもんだ」

「南蛮の占い師が、吉兆を占ったり、運勢を占ったりするのに使うらしい。使い方によっては、信長さまを襲撃した坊主──杉谷善住坊すぎたにぜんじゅうぼうのことを追いかけるのにも使えると思って」

 明晴は水晶玉を磨くと、掌をかざした。


「『──我、神の遣いにありけり。汝、神の移し鏡にあらば、我が求めし道標をここに……』」


(南蛮の占い師、ねぇ)

 紅葉は、光を増す玉を見つめ、交互に明晴の顔を見た。


 十二天将じゅうにてんしょうは、まだ幼かった明晴に、陰陽道の手ほどきをした。

 しかし、南蛮の占いは授けていない。南蛮の神は、異国の神を受け入れることはないから、彼らの心を紅葉らは理解できない。


(にも関わらず、南蛮の道具を、それも自分流に使いこなせてるのがすげぇよなぁ、この子は)


 かつての主は、当代随一の陰陽師であった。しかし、貴族という立場のせいか、少し頭の硬いところがあった。

 明晴には、それがない。貴族として育っておらず、生きて行くためならば文字通りなんでもした子どもだ。


(ひょっとしたら、お前の子孫ルビはお前を超えるかもしれないぞ、晴明せいめい──)


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