4、死の淵の招き歌
一、
「まったく、
箪笥を漁りながら、
「一食一般の恩義は返しても罰は当たらないと思うぞー、明晴」
「分かってるよ! これからも、美味しいご飯は食べたいからね。信長さまに逆らっていいことなんかないし?」
「とか言っちゃって」
「今回、うまく討伐ができたら、
「なっ! は、初音さんは関係ないだろ!」
「またまたァ。いい加減素直になれよ、明晴。お前、初めて会った時から見惚れてたじゃないか」
「見惚れてないっ! 珍しいくらいの美人だなって思ってただけ!」
「ふーーーーん?」
「ニヤニヤするな!」
「
「……っ! ああっ、もう!!!」
明晴は、バンッ! と床を叩いた。その拍子に、紅葉の小さな体躯が可愛らしく跳ねる。
「一目惚れしてますけど何か!? 悪いかよ!?」
ろくに喋ったこともないから、認めたくなかった。だが、はじめて会った時から目を奪われていたのだと明晴は認めた。
ややつり目気味の翠玉の双眸。
濡れた烏の羽のような真っ直ぐな髪。
まるで花びらのように透き通った白い肌。
すらりと伸びた背は、他の女人よりも高いこともあってよく目立つ。
天女と並んでも劣らぬ美貌を前にして、見惚れぬ男などいるわけがない。
「あわよくばこれを機に仲良くなりたいなーとか思ってますよ! ええ、思ってますとも! 悪いですか!?」
「悪くはないけど……」
「別に嫁になんて大層なことは望んでないけど! 綺麗なお姉さんとお喋りしたいなーって思うのは、男として当然の性だし!」
うーん、と紅葉は腕を組みながら、明晴が書いた札の束を手繰り寄せた。
「お前の場合は、恋文が書けんからな。まずは字を上達するところからはじめたらいいと思うぞ、明晴」
正論の刃を突き刺され、明晴は思わずその場に突っ伏した。
「ところで、それなんだ?」
紅葉が顎で指したのは、明晴が箪笥から取り出したものについてである。
箱の中から取り出したのは、丸い玉。灯火の光を吸い込み、きらきらと輝きを増した。
「
「これ、水晶なのか? ほー、綺麗なもんだ」
「南蛮の占い師が、吉兆を占ったり、運勢を占ったりするのに使うらしい。使い方によっては、信長さまを襲撃した坊主──
明晴は水晶玉を磨くと、掌をかざした。
「『──我、神の遣いにありけり。汝、神の移し鏡にあらば、我が求めし道標をここに……』」
(南蛮の占い師、ねぇ)
紅葉は、光を増す玉を見つめ、交互に明晴の顔を見た。
しかし、南蛮の占いは授けていない。南蛮の神は、異国の神を受け入れることはないから、彼らの心を紅葉らは理解できない。
(にも関わらず、南蛮の道具を、それも自分流に使いこなせてるのがすげぇよなぁ、この子は)
かつての主は、当代随一の陰陽師であった。しかし、貴族という立場のせいか、少し頭の硬いところがあった。
明晴には、それがない。貴族として育っておらず、生きて行くためならば文字通りなんでもした子どもだ。
(ひょっとしたら、お前の子孫はお前を超えるかもしれないぞ、
紅葉は、明晴が占じる横顔を見ながら、にやりとほくそ笑むのだった。
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