五、
「やあ、明晴。学んでるかい?」
爽やかな笑顔で現れたのは、
「ぼちぼちかな」
呪符を作っていた明晴は、筆を置いた。
明晴の手元にある札を見ながら、仙千代は首を傾げている。
「なんて書いてあるんだ?」
「これを
「つまり、爆ぜろ! って言いながら投げればいいのか」
「そういうこと」
「結構手軽に爆破させるじゃん陰陽師……」
「もちろん、呪符なしでもできるけど、その場合は呪文を詠唱しないといけないから。その手間を省くためにこういう御札があるってわけ。……らしい」
「らしいって随分他人事だな」
「俺の陰陽道の術は、
「ふぅん…。あ、これ御屋形さまからの差し入れ」
仙千代が差し出したのは、菓子らしい。球体に突起がついており、触るとゴツゴツする。口の中で軽く歯を立てると、軽い力で砕け、甘みが広がった。
「おいしい。なに、これ?」
「
「侍女……」
明晴の脳裏に浮かび上がったのは、
今朝、朝餉の膳を下げて以降、姿を見ていない。
「初音さんは、最近どうしてる?」
「普通に仕事してると思うけど……。なんだ、明晴は。初音どのに気があるのか?」
「いや、そういうわけじゃっ!」
思わず頬を赤らめると、「やめておけ」と仙千代はたしなめた。
「確かに初音どのは美人だし仕事もできるけど、お前の手に負える娘じゃない」
「わ、分かってるよ! ていうか、そもそも身分だって違うし」
侍女として仕えているということは、武家の娘というのは間違いない。出自もはっきりしない明晴と釣り合う娘でないことだけは確かだ。
ただ──少し気になることがあるのだ。
今朝方見かけた初音は、普段以上に険しい顔をしていた。
眉間には皺を刻み、青白い額には脂汗がじっとりと浮かんでいた。
何より──初音の肩の向こうには一瞬だが、黒い
「仙千代。初音さんって、出自はどこなの?」
「木曽川の方だよ」
明晴の質問に仙千代は答えてくれた。
「初音どのは、
後ろ盾がしっかりとしていなければ、武家の娘といえども暮らしの保証はされない。
たまたま織田家で侍女として仕えることができたと言っても、体のいい人質である。
初音は、信長から気に入られているようではあるが、立場が変わったわけではない。仕損じることがあれば、初音はいつでも命を落としてしまう、危うい存在なのだ。
「ところで川並衆って?」
「尾張と美濃の国境を流れる木曽川沿いに勢力を持った土豪のことさ。木曽川沿いに暮らす国人をまとめあげる役割を担う国衆のこと」
その中でも、初音の生家である蓮見家は、
「川、か……」
明晴は顎に手を当てた。
川は水に関係する。
そして水は、暮らしに直結する上、霊的な力を受けやすい。
初音の放つ違和感が、たまたま彼女の病弱な体質に関するものであるなら致し方ない。それもまた天命である。しかし、そうでないなら──、
(……って、何を考えてるんだ)
明晴は頭を左右に振りながら、金平糖を噛み砕いた。
(余計な仕事はしないぞ。俺は、
口の中に広がる甘味を楽しみながら、明晴は薄茶を一気に煽って、口内を軽く火傷した。
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