四、

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 我こそはかの大陰陽師の子孫なり! 今ならあの安倍晴明あべのせいめいの子孫が、みなさまの悩みを吹き飛ばして進ぜよう!!」



 今日も岐阜城下では、安倍晴明の子孫が声高々に叫んでいる。最近は幻術の披露はしていないらしく、もっぱら「よく当たる」という占いが評判になっていた。

 今日も朝早くから、客が長蛇の列になって並んでいる。今なお語り継がれる大陰陽師・安倍晴明の子孫を見ようと、町中から人が押しかけてきているのだ。


「なんだ、残念だな。十二天将召喚とやら、見てみたかったのだが」


 その光景を――物陰から若い男女が伺っていた。

初音はつねどのはあれ、どう思う?」

 少年の問いかけに、初音は柳眉をひそめた。

万見まんみどの。どうもこうもございません。あれは、詐欺です」

「なぜそう言い切れるのだ?」

 初音は、じ……っと少年の姿を見た。

「かの者の術からは、神気を感じません」

「神気? それはどういうものなのだ?」

 初音はバツが悪そうに、「わたしの経験談になりますが」と前置きをした。

「神社に行った時など、わたしはよく、体に軽い雷を受けたような感覚を持ちます。ですが、あの者の術には、それを感じません。何より、神を喚んだのなら、もっと空気が清らかになるはずですから。きっと、なにかハッタリでも使っているに違いありません。出自だって、どこまで本当なのやら」

 安倍晴明の子孫など、所詮は自称しているだけのもので、信憑性に欠ける。

 記録などいくらでも改竄できるし、確認するのも容易ではない。仮に提出を求めたとしても、きっと「燃えてしまった」とか、のらりくらりと躱すに違いない。子孫かどうかなど、名乗ったもの勝ちだ。

 占いとてそう。ただ、誰にでも当てはまることを言っているに過ぎない。悩みは誰にでもあるもので、それを大袈裟に慰めれば慈悲深い術死に見えるのだろうか。

「あの少年――年の頃は13、4くらいでしょうか。でも、やっていることは、大人の罪人と同じ。ただの詐欺師です。白々しい」

「だが、奥方さまと一緒に、初音どのも見たのだろう? あの少年の記述を。それすらも偽物であったのか?」

「それは……」

 初音は言い淀んだ。


 自称・晴明の子孫。

 占いは当てずっぽうで、誰にでも当てはまることを大仰に言っているだけに過ぎない。

 しかし、あの日見た十二天将の召喚――召喚自体は偽物でも、そう見えるように演出していたのは、紛い物ではなかった。


 実際、初音も目にしている。何もなかった空間が裂け、そこから白き獣が姿を現したことを。


(あの少年が使ったのは、十二天将の召喚などではない。でも――奇術そのものは、偽物ではない)


 初音が押し黙ると、少年は「ふむ」と懐を探った。出て来たのは、白い封筒である。

「万見どの、それは?」

「御屋形さまからお預かりした。御屋形さまは、あの少年を城に招きたいそうだ」

「もうっ」

 初音は表情をますます顰めた。

「御屋形さまったら、また変な者を城に招くだなんて! しかも、あんな……どう見ても怪しげな詐欺師ではありませんか!」

 確かに、主の珍しい者好きは今に始まったことではない。これまでも身分のない者を引き立てたり、食客にしたりしたことがある。否定できず、苦笑するしかなかった。

「万見どの、いけません。あの・晴明の子孫は、十二天将に関しては詐欺師です。ですが、妙な力を持っていることは紛れもない事実なのです。万が一、御屋形さまや奥方さま達に何かあれば……!」

「初音どの、気持ちは分かる。だが、我らが勝手に断ることはできないだろう」

「そ、それはそうですけど……」

 初音達が今日、城下に来たのは、あの少年を城に連れてくるよう命じられたからである。そして、主君を納得させらられるだけの理由が思いつかない以上、初音達は無理にでも・晴明の子孫を連れて行かなければならないのだ。

「安心しろ、初音どの」

 少年は初音の肩を叩いた。

「もし、御屋形さまや奥方さま達の危険になると判断したら、私があの少年を斬り捨てる。御屋形さまと奥方さまのことは、我らがこの身を賭してお守りすれば良い話だろう?」

「……それもそうですね」

 少年の言葉にうなずきながら、初音は頭を押さえた。

「大丈夫か?」

 その姿を見た少年が心配そうに顔を覗き込む。

「最近、特に頭痛が酷そうだな。……やはり、御屋形さまにお願いして、別の者を連れてくるべきだったか」

「いやだわ、万見どのったら」

 初音は苦笑した。

「御屋形さまがわたしをお供にと命じたのは、わたしが晴明の子孫の術を見ているからなのですから。それに、立って歩ける以上、大丈夫です。医師くすしに薬も煎じていただいていますから」

「そうか。だが、無理をするなよ」

 少年が先に歩き出すのを、一歩下がってついて行きながら、初音は痺れるような頭の痛みを堪えた。


 幼い頃から、ずっとこの頭痛に悩まされてきた。成長するに連れて落ち着くはずだと言われていたが、年々ひどくなる一方である。

 だが、体の不調を理由に、勤めに支障を来たしたくはない。


(頑張らないと)


 初音は気丈に自分を奮い立たせながら、少年の背を追い駆けた。







 ――見ツケタ……







 背中に突き刺す視線には、気づかないふりをしながら。



***


 客足もだいぶ落ち着いた。明晴が水を飲んでいると、影が下りた。


「噂のとやらは、そなたで相違ないか」


 立っていたのは、明晴よりいくつか年上くらいの少年だった。

 朱色の紐で紙を高く結い上げ、浅葱色の肩袴を履いている。その後ろには、覚えのある花のような匂いをまとう娘がいた。

(あの子……この間の……?)

 明晴は瞬きをしてから、少年に視線を戻す。

 色白で、鼻筋が通っている。切れ長の双眸は穏やかそうに見えるが、どこか苛烈で木が強そうだった。

 品の有る佇まいは、明晴とは生まれも育ちも違うことを物語っている。


(お城の若さまって、こういうお顔立ちしているのかなぁ)


 服装的には、若さまというよりは小姓にも見える。なんにせよ、金払いは悪くなさそうだ。明晴が占いの説明をしようとすると、少年はそれを制した。


「占いはよいのだ。我らは、主君・信長公の使者である」


「……使者?」

「我が殿が、そなたに城に参るようにと仰せじゃ」

 明晴は、足元をちらりと伺った。紅葉は「だから言ったろ」と言わんばかりに、その場に踏ん反り帰っていた。

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