六、

 侍女が置いた折敷を覗き込む。ごくん、と喉が音を鳴らした。

 本日の夕餉の品は、


 ・茹でた豆

 ・牛蒡と鰊の味噌煮

 ・大根の葉の漬物

 ・玄米

 ・あつめ汁(雉肉、牛蒡、大根、人参)


 である。

「いただきます」

「いや、なんで紅葉こうよう、お前が食べようとしてるんだよ」

 肉球をぺちんっ、と合わせて食べようとする紅葉の首根っこをむんずと摘んで、部屋の端に投げる。紅葉は壁にぶつかり、ずるずると床に落ちた。

 その光景を確認し、明晴あきはるは漬物を口に入れ、玄米をかきこんだ。

「美味しい。やっぱ、織田おだ家のご飯は美味しいなぁ」

「美味しいなぁ、じゃないよ。お前、いくら主人だからって、俺は曲がりなりにも神さまだぞ! それも、ただの神じゃなくて、四神・白虎びゃっこさま! 少しは尊敬の念を持て! 崇め奉れ!!」

「はいはい。神さまなら、こんな幼気いたいけな子どものおかずを取ろうとしないでくださいねー」

 牛蒡の歯ごたえを楽しみながら、明晴は昼間に頼んでおいたことを確認した。

初音はつねさんに、ちゃんと数珠渡してくれたんだよね?」

「渡したっつーの。安心しろよ。お前の大好きな初音ちゃんは、ちゃーんと受け取ってくれたよ」

「大好きじゃないから」

 明晴は、ふー、と息を吐いた。

「……目覚め悪いじゃん。自分の手の届く範囲で、明らかに冤罪って分かってる人が殺されるなんて」

「けっ、よく言うよ」

 紅葉はその場に寝っ転がって脚を組んで目をつぶった。

「だって、そうだろう。人間、誰だって人が死ぬのを見て気分よくなりはしないもんだろ!」

「その割には、美濃みのに来る直前、落ち武者狩りしたいから戦起きろーとか言ってたの、誰だったかなー?」

「むぐっ」

 米が喉に詰まったので、明晴は慌てて汁をすすった。

「し、仕方ないだろ! 旅費を稼がないといけないんだからっ!」

 戦は悲惨だ。戦が一度起これば、人は死に、村は焼け、多くのものが犠牲となる。

 しかし、うまく戦場に紛れ込むことが出来れば、飯を支給されるし、何より戦が終わったあとの落ち武者狩りでは刀や武具などと言った道具類を奪うことが出来る。

 明晴はまだ13歳。戦場に行こうとしても追い返されることが多い。そのため、戦で稼ぐと言ったら、落ち武者狩りがほとんどだった。落ち武者狩りの戦利品は、高く売れる。実際、美濃に入る前の旅費のほとんどは、落ち武者狩りの戦利品を商家に売りつけて手に入れたのだった。

「い、言っとくけど、俺が特別非常識ってわけじゃないから! みんなやってるから! そういう時代だから! 農民だって、意外と戦楽しみにしてたするからね!」

「……誰に説明してんの? まあいい。それと、初音のことだけど──あいつの素性、何となくだが分かったぞ」

「! 本当? 紅葉」

 明晴が箸を持ったまま紅葉を見た。

「巫女の娘らしい」

「巫女……? 初音さんが?」

「どこぞの神社に属していたのかは知らんがな……歩き巫女という線も考えられるし」

 歩き巫女とは、特定の神社に属すことなく、全国各地を遍歴し祈祷・勧進などを行ない生計を立てていた巫女の集団である。

東国とうごくあずさ巫女か、信濃しなの武田たけだの歩き巫女か、その辺は知らんが。神に縁を持っていたんだったら、あの美貌もうなずける」

 神に仕えるだけの強い霊力を有していたということは、初音の母は神仏の寵愛を深く受けていたのかもしれない。

 各地を転々としているうちに、

「各地を転々としているうちに、木曽川に流れ着いて、領主に見初められてお手つきになって──っていうところだろう」

「そうか……歩き巫女の血筋だから、初音さんは紅葉が見えたんだな」

 最後の一粒の豆を食べながら、明晴は初音が怪異に魅入られた理由を察した。


 あの坊主の生霊は、誰彼構わず初音を襲ったわけではない。計画的に初音を殺すために近づいたのだ。

 強い霊力を持つ者を食らえば、妖は力を増す。特に若い娘は、精神的に不安定なところがあるものだ。その隙間に絶望や悲しみといた負の感情を押し込めることで、妖達が好む生贄が完成する。

 それに、初音に取り憑いているのは、あの坊主だけではない。魑魅魍魎が山ほど取り憑いている。常に祓ってやらなければならないほど。


 明晴が授けた数珠があれば、魑魅魍魎を追い払う力はあるだろう。だが、それも数日のこと。ひと月持てばいい方だろう。

 なるべく早く、初音を狙うあの坊主の生霊を祓わなければならない――。


「失礼致します」


 飯を平らげたところで、戸の向こうから声がかかった。

 信長の小姓だった。今朝は占いを断られていたので、今日は召し出されない日なのだと思っていたが、違うらしい。


「御屋形さまより、お言付けにございます。急ぎ、西の館に参られるように、と――」


 明晴と紅葉は目配せをした。

 確かに、信長には話を通さなければ先に進めない。信長には今朝から無視されていたため、今夜あたり忍び込もうかと企んでいたのだが、まさか信長の方から呼び出してくれるとは思わなかった。

「分かりました。すぐに参ります」

 明晴は紅葉を肩に乗せると、西の館に足を急がせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る