六、

「出てよ、玄武げんぶ!」


 明晴あきはるが叫ぶと同時に、水流が爆ぜた。

 黒曜の衣を纏った少年が現れる。

  十二天将じゅうにてんしょうにして四神ししんがひとり・水将すいしょう"玄武"。真名しんめいは──、


白雪はくせつ


 明晴が真名を呼ぶと、白雪はその背中に軽く蹴りを入れた。

「呼ぶのが遅いぞ、いつも。まあ、迷わず我や紅葉こうようを頼るようになっただけ、少しは成長したか。……しかし、随分と面倒なものに手を出したようではないか」

 白雪は袖を振った。衣擦れの音ともに、パラパラと雨が降り注ぐ。

積屍気せきしきか……随分と殺めたようだ。それも、百や二百では足りぬ。よくもまあここまで育てたものだ。……して、明晴。お前はどうしたい?」

「積屍気を調伏する。そのためには、十二天将──四神の力が必要なんだ」

 その言葉に白雪は目を剥いた。

「な……! 明晴、四神を全員呼ぶと言うのか!?」

「ああ」

 明晴は強く頷いた。


 四神は、十二天将の筆頭にして、戦う力を備えた神々だ。他の八人よりも霊力が強い。

 明晴が十二天将を全員呼ばないのは、霊力の問題も大きく関わっている。明晴が同時に呼べるのは、2人が限度。天将達もそれを理解しているから、現界することをあまりしないのだろう。


(でも──積屍気に縛られた御霊を解き放つには、四神の力が必要だ!)


 "白虎びゃっこ"は西の神にして、風を司る"風将ふうしょう"。

 "青龍せいりゅう"は東の神にして、大地を司る"木将"。

 "玄武"は北の神にして、水を司る"水将"。

 "朱雀すざく"は南の神にして、火を司る"火将かしょう"。


 積屍気を解放しようにも、まずは杉谷善住坊の鉄砲を封じなければならない。鉄砲を封じるため、紅葉白虎白雪玄武に風雨を起こさせ、気候を操る。


(問題は、春霞と清夏きよかだ)


 大地を司る青龍と、火を司る朱雀。


 2人は、四神の中でもずば抜けた神力だ。特に朱雀は火将という特性から、他の3人のように力を押さえられない。朱雀を喚んだことすら、もう何年も前──十二天将と契りを結んだ時以来だ。


「おい、紅葉、止めろ!」


 白雪が叫ぶ。

「明晴の命を脅かす気か!?」

「──あいつは、晴明を凌ぐ陰陽師になる」

「凌ぐ前に死ぬかもしれぬぞ! 霊力は人の命の源であると、知らぬそなたではあるまいに!」

「この程度で死ぬなら──十二天将の筆頭は、晴明の教えをあの子どもに授けはしない。……青龍は、そういう女だろう」

「……だが……!」

「玄武。……否、白雪。今度は俺達の番だ」

 明晴は、天将を信じると言った。


 平安の頃に比べ、500年もの時を経て、妖は減った。

 ひとえに、神仏への信仰心が減ったことは大きい。人々の関心がなければ、神は神界よりでることはなく、妖も姿を消した。


 そしてそれは、人も同じ。


 武士が台頭したことで、陰陽師は軍師へと名を変えた。本来の陰陽師の役割は、いまや土御門つちみかど家が独占している。

 だが、今いる陰陽師の中でどれほどの者が、霊力を維持できているのだろう。


 人々の心が離れたことで、神々は神界に閉じこもり、妖も姿を消した。

 同時に神々は、人を見放した。神は、己を信じぬ者、敬わぬ者に興味はない。死のうが苦しもうが勝手にしろ、と思っている。

 そして神の加護を失った人間からは、霊力が消えた。


「明晴は俺達を信じると言った。だからお前も、"白雪"と呼びかけられたのに応えたんだろう」

「…………」

「無論、俺も明晴を死なせるつもりはない。それは青龍も同じだ」

「青龍が?」

「青龍は、明晴死なせまいとしている。……晴明以外を主と認めなかったあれが、明晴には心を砕いている。だからこそ、俺達は試練を与えるんだ。明晴に、俺達を真の主となってもらうべく」

 紅葉の金色の双眸を見つめた白雪は、やがて呆れたように肩の力を抜いた。

「致し方あるまい。我は、四神の中ではもっともか弱い。四神三番手であるそなたや、十二天将筆頭である青龍が認めると決めた以上、従わざるを得まいよ。そして、そなた達が認めた以上、朱雀も、恐らくは」

 神が人の下にくだるならば、試練を与えねばならない。


 明晴は、元服してもおかしくない年になった。脆弱な子どもゆえに庇護していた時とは違う。


 これまでは名ばかりの主であった明晴を、十二天将筆頭である四神達が真の主として認める。杉谷善住坊すぎたにぜんじゅうぼう討伐は、星が定めた明晴への試練。そして星の定めというのは、たとえ神々であってもそう簡単に歪めることはできない。

 十二天将といえども、黙って見守るほかにはないのである。

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