六、
「我が名は
「白雪」
明晴が真名を呼ぶと、白雪は「ふんっ」と唇を尖らせた。
「呼ぶのが遅いのだ、いつも。まあ、迷わず我らを頼るようになっただけ、少しは成長したようだが。……しかし、随分と面倒な者に手を出しておるようだな。
白雪は顔を顰めた。
神は、人の子よりもあらゆる感覚が秀でている。だからこそ、分かる。この辺り一帯に沸き上がっている血の臭いのおぞましさを。
「あの生臭坊主め。随分と殺めたようだ。それも、百や二百では足らぬ。よくもまあここまで育てたものだ」
僧侶だからこそ、杉谷善住坊は分かっているのだ。魂に怨念を込める方法を。適切ではない魂の弔い方を。
そしてそれゆえに、善住坊に縛りつけられた積尸気の核となる魂達は、動くことができない。
「明晴。そなた、我らに何を望む?」
「積尸気を、調伏して天に送る」
死んだ魂は、天に送って輪廻の輪をくぐる権利がある。
だが、まずは積尸気と善住坊を引き剥がさなければ話にならない。
「十二天将――四神の力が必要なんだ。手を貸してほしい」
「な……!」
その言葉に白雪は目を剥いた。
「明晴! まさかそなた、四神を全て現世に呼ぶつもりか!?」
「ああ」
明晴は強く頷いた。
四神は、十二天将の筆頭神。戦う力を有している。それゆえに、他の八人よりも神力が強い。
明晴が同時に呼べる四神は、2人が限度。天将達もそれを理解しているから、滅多に姿を現そうとしないのだろう。
しかし、積尸気に縛られた御霊を解き放つには、四神の力が必要だ。
"
"
"玄武"は北の神にして、水を司る"水将"。
"
積尸気を解放しようにも、まずは杉谷善住坊を封じなければならない。術を施した鉄砲がある限り、結界に集中しなければいずれ銃殺されてしまう。
(鉄砲は濡れたら使えないって、
鉄砲を封じるため、紅葉と白雪に風雨を起こさせ、気候を操る。一時的なものかもしれないが、時間稼ぎにはなるはずだ。
(問題は――
大地を司る青龍と、火を司る朱雀。
二人は、四神の中でも殊更協力だ。
特に朱雀は火将という特性から、他の三人のように力を押さえられない。朱雀を喚んだことすら、もう何年も前──十二天将と契りを結んだ時以来だ。
明晴は印を結んだ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前……」
「おい、紅葉、止めろ!」
白雪が叫ぶ。
「明晴の命を脅かす気か!?」
「──あいつは、晴明を凌ぐ陰陽師になる」
「凌ぐ前に死ぬかもしれぬぞ! 霊力は人の命の源であると、知らぬそなたではあるまいに!」
「この程度で死ぬなら──十二天将の筆頭は、晴明の教えをあの子どもに授けはしない。……青龍は、そういう女だろう」
「……だが……!」
「玄武。……否、白雪。今度は俺達の番だ」
明晴は、天将を信じると言った。
平安の頃に比べ、500年もの時を経て、妖は減った。
ひとえに、神仏への信仰心が減ったことは大きい。人々の関心がなければ、神は神界より
そしてそれは、人も同じ。
武士が台頭したことで、陰陽師は軍師へと名を変えた。本来の陰陽師の役割は、いまや
だが、今残っている陰陽師の中でどれほどの者が、霊力を維持できているのだろう。
人々の心が離れたことで、神々は神界に閉じこもり、妖も姿を消した。
同時に神々は、人を見放した。神は、己を信じぬ者、敬わぬ者に興味はない。死のうが苦しもうが勝手にしろ、と思っている。
そして神の加護を失った人間からは、霊力が消えた。
「明晴は俺達を信じると言った。だからお前も、明晴の呼びかけ応えたんだろう」
「…………」
「無論、俺も明晴を死なせるつもりはない。それは青龍も同じだ」
「青龍が?」
「青龍は、明晴死なせまいとしている。……晴明以外を主と認めなかったあれが、明晴には心を砕いている。だからこそ、俺達は試練を与えるんだ。明晴に、俺達を真の主となってもらうべく」
紅葉の金色の双眸を見つめた白雪は、やがて呆れたように肩の力を抜いた。
「致し方あるまい。我は、四神の中ではもっともか弱い。四神三番手であるそなたや、十二天将筆頭である青龍が認めると決めた以上、従わざるを得まいよ。そして、そなた達が認めた以上、朱雀も、恐らくは」
神が人の下に
明晴は、元服してもおかしくない年になった。脆弱な子どもゆえに庇護していた時とは違う。
これまでは名ばかりの主であった明晴を、十二天将筆頭である四神達が真の主として認める。
十二天将といえども、黙って見守るほかにはないのである。
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