五、

 頬をかすめ飛んで行った銃弾が、皮膚を斬り裂く。

「ちっ……。すまん、明晴よけきれなかった」

「いいよ、紅葉こうよう。心の臓当たらなかっただけで上等だ」

 明晴あきはるは手甲で頬を拭いながら、正面をキッとにらみつけた。むしろ、好都合だ。

 撃たれたことで、おおよその敵がいる方角を完全に把握できた。一瞬見えた、黒衣の僧侶の姿がない。結界を張って隠れたのだろう。


(銃弾の方角的に――こっちか!)


 明晴は印を結んだ。指を刀に見立て、勢いよく空を裂く。


ザン!」


 明晴の言霊とともに、光の刃が爆ぜ、何もなかったはずの空間に亀裂が入った。

 ひび割れた空間に、硝子ガラスのような破片が落ちる。その破片の隙間から、黒衣姿の僧侶が姿を現した。

 僧侶と言っても、剃髪していたはずの髪は無造作に伸びており、もはや散切り頭に達していた。


「ほう」


 僧侶は明晴を冷たく見下ろした。

 目には光がなく、生気というものが感じられない。何よりその背後には無数の影がまとわりついている。

「我が銃弾を交わすとは。お主、なかなかやるではないか」


「――なーにが、『やるではないか』だよ!」


 紅葉の背中の上から明晴はがおうと吠えた。

「お前が信長のぶながさまを襲撃したせいで、無実の女の子が処刑されかけてるんだよ! 神妙にお縄につけ!」

「ふん。無実の娘が殺される、か。それは哀れなり。――が、儂には好都合である」

 僧侶は鉄砲を構えた。


「あの大うつけよりも、儂の方が余程玉依姫たまよりひめの扱いには長けておるわ」

「たまよりひめ?」

 聞き慣れない言葉に、明晴は瞬きを繰り返した。初音はつねのことを言っているのだろうか。

「玉依姫の血肉を手に入れた者は、最強の力を手に入れる。――我が名は、後の世まで語り継がれるであろう。邪魔建てする者は、何人なんぴとたりとも容赦せぬ!」


「ぼさっとしている場合じゃないぞ、明晴!」


 はっとして、明晴は慌てて結界を張った。間一髪で、結界が銃弾を弾き飛ばした。


(なんて早い……。いや、鉄砲で、この速さは異常だぞ!?)


 鉄砲は、弾を込める作業等に時間がかかる。それゆえに、戦場ではなかなか重宝されにくいのだ。

 なのに――この男は次々に連射してくる。


「禁ッ!」


 明晴は結界をいくつも張りながら、善住坊を観察した。

 そもそも善住坊は、弾込めをしていなかった。まるで最初から弾を込められているかのように、連射が可能になっていた。

 それら全てを交わし続けるのは不可能だ。

 明晴の霊力には限界があるのに対し、善住坊の弾には限度がない。

「明晴!」

 紅葉が叫んだ。

「天候を操れ!」

「あ、そっか」

 銃弾は、天候に左右される武器だ。


 明晴に、善住坊の武器を止める術はない。だとしたら――武器を使えないようにすればいい。天候を操るのは、陰陽師の専売特許なのだから。

「紅葉、頼むぞ!」

「けっ、誰に物を言っていやがる。――お前が命ぜれば、俺達はなんだってするさ」

 明晴は結界が途切れる寸前に印を組んだ。


「我が名は明晴。我が声に応えよ、その力を天より与えよ! ――十二天将、四神がひとり、風神ふうじん・“白虎びゃっこ”!」


 掌を白虎の背に重ねる。


 掌が熱くなる。触れ合ったところを通じて、白虎の風が強まった。


(霊力が……奪われるようだ……!)


 体中を荒れ狂う竜巻が包み込む。

 ぐんぐん吸い取られる間隔に喘ぎながら、明晴は空いた手で別の印を結んだ。

(銃弾を避けるなら、風だけじゃだめだ。鉄砲は、濡れるとだめだと聞く。ならば、もうひとつ――天候を操るんだ!)


 鉄砲を濡らす方法。それは簡単だ。水を濡らす天将を呼べばいい。


「我が名は明晴。我が声に応えよ、その力を天より与えよ! 十二天将、四神がひとり、水将すいしょう・“玄武げんぶ”!」


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