五、

 頬をかすめ飛んで行った銃弾が、皮膚を斬り裂く。

「ちっ、よけきれなかった」

「いいよ、紅葉こうよう。当たらなかっただけで上等だ」

 明晴あきはるは手甲で頬を拭いながら、正面をキッとにらみつけた。


「ほう」


 そんな明晴を、黒衣姿の僧侶が見下ろす。目には光がなく、剃髪していたであろう髪も中途半端に伸びはじめていた。

「我が銃弾を交わすとは。お主、なかなかやるではないか」


「――なーにが、『やるではないか』だよ!」


 紅葉の背中の上から明晴はがおうと吠えた。

「お前が信長のぶながさまを襲撃したせいで、無実の娘が処断されようとしているんだ! さっさとお縄につけ!」

「ふん。無実の娘が殺される、か。それは哀れなり。――が、儂には好都合である」

 僧侶は鉄砲を構えた。

「我が名は杉谷善住坊すぎたにぜんじゅうぼう第六天魔王だいろくてんまおうしいし、この世の安寧を運ぶもの形。――あの男よりも、儂のほうが正しく玉依姫たまよりひめの血筋を使える」

「タマヨリヒメ……?」

 聞き慣れない言葉に、明晴は瞬きを繰り返した。

 それを見た紅葉が叫ぶ。

「ぼさっとしている場合じゃないぞ、明晴!」

 はっとして、明晴は慌てて結界を張った。次の瞬間、銃弾が弾き飛ばされる。


(なんて早い……。いや、鉄砲で、この速さは異常だぞ!?)


 鉄砲は、弾を込める作業等に時間がかかる。それゆえに、戦場ではなかなか重宝されにくいのだ。

 なのに――この男は次々に連射してくる。


「禁ッ!」


 明晴は結界をいくつも張りながら、善住坊を観察した。

 そもそも善住坊は、弾込めをしていなかった。まるで最初から弾を込められているかのように、連射が可能になっていた。

 それら全てを交わし続けるのは不可能だ。

 明晴の霊力には限界があるのに対し、善住坊の弾には限度がない。

「明晴!」

 紅葉が叫んだ。

「一気に薙ぎ払うぞ!」

「あ、そっか」

 銃弾は、天候に左右される武器だ。

 明晴に、善住坊の武器を止める術はない。だとしたら――武器を使えないようにすればいい。天候を操るのは、陰陽師の専売特許なのだから。

「紅葉、頼むぞ!」

「けっ、誰に物を言っていやがる。――お前が命ぜれば、俺達はなんだってするさ」

 明晴は結界が途切れる寸前に印を組んだ。


「我が名は明晴。我が声に応えよ、その力を天より与えよ! ――十二天将、四神がひとり、風神ふうじん・“白虎びゃっこ”!」


 掌を白虎の背に重ねる。

 掌が熱くなる。触れ合ったところを通じて、白虎の風が強まった。

(霊力が……奪われるようだ……!)

 体中を荒れ狂う竜巻が包み込む。

 ぐんぐん吸い取られる間隔に喘ぎながら、明晴は空いた手で別の印を結んだ。

(銃弾を避けるなら、風だけじゃだめだ。鉄砲は、濡れるとだめだと聞く。ならば、もうひとつ――天候を操るんだ!)


 鉄砲を濡らす方法。それは簡単だ。水を濡らす天将を呼べばいい。


「我が名は明晴。我が声に応えよ、その力を天より与えよ! 十二天将、四神がひとり、水将すいしょう・“玄武げんぶ”!」


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