四、

 バチッと弾けるような音に初音はつねは目を覚ました。

 首にかけた数珠は熱を孕んでいる。檻を見ると、無数の妖が口惜しげに睨んでいた。

 どうやら、明晴あきはるが渡してくれていた数珠が張った結界が、初音を襲おうとするあやかしどもを阻んでいるらしい。



 ──口惜シヤ……

 ──玉依姫たまよりひめノ血肉ヲ啜レバ、我ラハチカラを得ラレルノニ…!!


(タマヨリヒメ……? なんの事?)


 聞き慣れない呼び名に、初音は瞬きを繰り返した。だが、明晴にもらった数珠のお陰で妖達の攻撃を退けることが出来ているのは分かる。

 妖どもの狙いは、自分の命だということも。

「明晴さま……」

 数珠を首にかけたまま、初音は勾玉をそっと撫でた。

 その時──甘い匂いが鼻腔をくすぐる。視界の端に、春でもないのに、梅の花びらがひらりひらりと舞い降りた。


「そなたが初音か?」


 顔を上げると、人と思えぬ美しい女が立っていた。

 女は、襲いかかってくる妖達を容赦なく斬り刻んだ。冷たい攻撃には一部の隙もない。だが、まるでひとつの舞を見せられたような美しさだった。


 雲ひとつない空のような絹糸のごとき輝く髪。

 凍てついた湖のような澄んだ瞳。


 天女がいるとすれば、きっとこんな出で立ちをしているのだろう。

(ううん、違う。この人は──人ではない)

 放つ気は神々しい。まるで、紅葉のように。

「……十二天将じゅうにてんしょう?」

「紅葉の言った通りだな。単純な霊力であれば、そなたはあの安倍晴明あべのせいめいすらも凌ぐであろう」

 女人は髪を翻すと、初音の前に片膝を突いた。

「その通り。わらわは、十二天将がひとり、四神ししんにして木将もくしょう青龍せいりゅう

「青龍……」

「そなたに頼みがあって馳せ参じた」

 青龍は、檻の中に手を伸ばした。雪のごとく透き通る指先が触れたのは、初音の髪だった。

「美しい髪だな。──初音よ。そなたの髪をくれぬか」

「髪を?」

「なに、尼になるほど削ぎ落とさせろと言っているわけではない。その数珠を繋げる程度の髪があればいい」

 この時代、女人の髪は命そのものだ。青龍もそれを分かっているから、断りを入れたのだろう。

 その気になれば、黙って髪を切り刻むこともできるだろうに。

「分かりました。すぐに。短刀などはありますか?」

 初音があまりにもあっさり頷いて見せると、青龍はかえって目を丸くしていた。

「……わけを聞かないのか?」

「必要ございません」

 初音はきっぱりと断言した。


 青龍は、十二天将のひとり。明晴の配下の式だ。その式神が言うのなら、明晴のために必要だということ。


 明晴は、初音を守ろうとしてくれた。初音の無罪を信じてくれた。

 だったら、髪など惜しむ必要がない。

「……そうか」

 青龍は、紅色の唇に弧を描いた。


(童だとばかり思っていたが……明晴。あれはおなごを見る目は確かなようだな)


 青龍は掌をかかげると、短刀を顕現させた。

「これを使え。そなたくらいの長さなら、10本もあれば良い」

 初音は青龍から短刀を受け取りながらうなずく。そして、なるべく長いところを選んで髪を10本ほど切り落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る