九、
血の味が口から零れ出す。血は赤い、などと言われるがそんなの嘘だ──と
(結構黒いじゃん)
咳き込む明晴の背を撫でるのは、
「応えてくれてありがとう、
「ありがとう、ではないだろ……」
呆れたように朱雀――清夏は眉を潜めた。
燃えるような髪に、褐色の肌。漢服のような着物は、袖を肩のところで短く切っている。
「契りを結んで以来だから、召喚されるのは何年ぶりだ?」
「んーっと……けほっ、7年……? かな?」
「自分でも分からなくなっているではないか。……俺はお前が死んだのだとばかり思うていたよ、このたわけ者が」
「……ごめん」
明晴の中で、陰陽道は生きていくための術だった。
しかし、神々は自尊心が強い。彼らから授けられた力を見世物にしてしまったことを無意識に悔いていた。
「本っ当にお前はバカタレだな」
清夏は明晴の背を撫でた。
「お前を1番に認めたのは、天将の中でもっとも人間を厭うていた
「……そうなの?」
「全く。鈍感も程度が過ぎると困りもんだ! ……っと、世間話に興じている間もないな、こりゃ」
清夏は明晴を片手に担ぐと飛び上がった。
反対の腕を宙に翳すと、火の柱が浮かび上がる。
「我こそは、十二天将にして四神、朱雀なり! 浄化の火剣にて、禍物を断つ!!」
清夏の腕に、真っ赤な大剣が現れる。
四神・朱雀の役割は、罪を炎で断つこと。特に、その手に授かりし火の大剣は、全ての怨念を断ち切る。
明晴は手甲で血を拭いながら、清夏に掌を翳した。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前……」
「おい、明晴──これ以上は」
「……清夏。恐らく、だけど……」
吐血を堪えながら、明晴は腐敗した肉体を持つ積屍気を見つめた。
水晶による遠見をした際には、
しかし、積屍気のやや舌足らずで幼い声や、善住坊に対する恨み辛みの念。主従と呼ぶにはあまりにも歪だった。
善住坊は、積屍気の怒りを押さえるために「主」と喚んでいるだけだ。
積屍気は善住坊への恨みと、主と呼ばれた自尊心に阻まれている。いくともの魂が重なったぶん、自分の感情を操作できないのだ。
「積屍気……いや、あの子達を、解放してくれ。俺が隙を作るから……!」
明晴は震える手で印を組んだ。
「祓え給い、清め給え、神かむながら守り給い、幸さきわえ給え──」
清夏の刀が輝きを増す。
胸が潰されそうなほど苦しい。明晴は奥歯を噛みながら文言が途切れぬよう、組んだ指に力を込めた。
「
明晴が護符を投げつける。悪妖を散らすべく仕込んでいた札だ。護符は明晴の血を吸って変色している。その血の匂いに群がるように、積屍気が羽を広げた。
護符は積屍気にぶつかる寸前に飛び散った。無数に散った札は光の束となり、積屍気を捕らえる。
ここで、積屍気を斬り捨てることは容易い。だが、斬り捨てるのではなく、生きて魂を鎮めるのが明晴の目標だった。
「まったく──我が主はまことに面妖なことをするものだ」
清夏は呆れながらも、だからこそこの童を見捨てる者がいないのだろう──と納得した。
契りを交わして以降、喚び出されたことがなくても。
『……ひとりは、やだよ……』
孤独に泣きじゃくっていた童はもういない。
ともすれば、この子どもは安倍晴明(かつての主)を超える存在になるかもしれない。
明晴が、朱雀の刃を正しく使うと決めたのならば。
朱雀は"清夏"の真名に報いる。それが神として、何よりこの少年の式神としての矜持だ。
「薙ぎ払え──燃えよ、我が浄火の大剣よ!」
明晴の護符が捕らえた積屍気の肢体で、唯一皮膚が崩れていない箇所がある。人間でいうところの、心の臓がある場所。そこが積屍気の核となっているのだろう。
清夏の大剣が浄化の炎に包まれる。熱気が辺り一面を包み込んだが、不思議と威圧感はない。
「ギャアアアア!!」
積屍気の悲鳴が響く。まるで、母を求めて泣く赤ん坊の声のように聞こえた。
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