剣と血の祝祭③
俺は森の中を進んでいた。木々は比較的低く枝葉が空間を覆わないため、柔らかな陽光が地面に差し込んでいた。木々を切り開いて作った道は小石が多くやや歩きにくい。地図によるとこの先には数軒の民家があるようだ。街から外れているため周囲は静か。時折風に揺れる葉の音が穏やかに耳に届く。
見たところ魔物除けの魔具も機能しており魔物の気配はない。流石にルークス教国ともなれば魔物対策も行き届いている。異常は見られないが一応一回りはしておこう。
周囲の静けさに耳を澄ませると小川のせせらぎが微かに耳に届く。頭上では小鳥がさえずり、森の奥からは森に住む動物の鳴き声も聞こえた。
こうして穏やかに森を歩くのは久しぶりだった。グラウスの置かれる都市は整備されつくしているため、自然と言ったら街を彩る植木くらい。グラウスには中庭もあるが気休め程度のものだ。最近任務で森に赴いたが、あれは死にかけたので数えないでおく。
長閑な風景の中にいるとどうしても故郷を思い出してしまう。フォリシアも城壁の外はこのような道ばかりだった。ルークス教国のような潤沢な予算はないため魔物除けなど置いてなかったが。
危険を顧みない子供ならではの好奇心から、幼馴染と共に魔物の目をさけつつあえて街の外で遊びまわったのをよく覚えている。帰りが遅くなった時は捜索隊まで組まれ、家に帰った時には父さんに殴られた。我ながら無茶苦茶な幼少期だったと思う。周りには恥ずかしくて話せないが、自分の中では良き思い出となっていた。
時折フォリシア王国について流れてくるが、現在あの国の情勢は良いとは言えない。幼馴染──親友でもある彼は大丈夫なのだろうか。そんな考えは急いで払拭する。あの国から逃げた自分が、そんな事を思う資格なんてないのだから。
歩みを進めていると木々の間に建物が見えた。ようやく奥へ辿りついたのか、思った以上に時間がかかってしまった。並ぶ建物は新しいものから古いものまで様々。その中で一軒だけ少し離れた所に立つ家があった。周りの建物と比べると一回り以上大きい。俺は警備隊から貰った地図を取り出しその家を確認する。そこにはクローゼル孤児院と記載されていた。
もしかして、と思いその建物へと向かう。
石造りの家は古く、所々に蔦が絡みついていた。広い庭には使い込まれた遊具が並ぶ。家の中からは複数の子供の笑い声が聞こえた。
木製の扉をノックすると中から女性が返事をした。少し待ち、扉が開く。
「どちら様?」
家の中からエプロン姿の妙齢の女性が顔を出した。一つにまとめた茶色の髪と、すこし垂れた眼瞼の奥には黒の瞳が見える。俺がルークスの住民ではないと気が付いたのか頭からつま先まで見ていく。視線が腰の剣に向くと彼女は顔をしかめた。
「突然申し訳ありません。この辺りで魔物が出たと聞いたので見回っているのですが、何かお変わりありませんか?」
「あら、そうなの」
俺の説明に彼女は警戒を解いた。いきなり武器を持った者が訊ねて来たら誰だって驚くだろう。
「特に変わったことはないと思うけど」
「エリノア、お客さん?」
「だれがきたのー?」
奥から子供の声。続いてこちらに向かってくる複数の足音が聞こえた。足音の軽さから二つは子供のもの、もう一つは大人のようだ。
「ねえジョエルもいこうよ!」
「いこー!」
「おい引っ張んなって」
子供達に混ざって聞こえてきたのはよく知っている声だった。奥から一人が青年の腕を引っ張り、もう一人は後ろから押して出てくる。神父服の時ほど神聖さはないが、その美貌を見間違うはずがない。
「あ、ジョエル」
俺の声に気が付き彼は立ち止まる。急に止まったため後ろから押していた子供が足にぶつかり不思議そうに彼を見上げた。
「げっ、なんでお前が」
ジョエルは俺の顔を見るとあからさまに嫌な顔をする。あまりの偶然に喉から乾いた笑いが出る。クローゼル孤児院と見た時、まさかとは思ったがそのまさかだった。
エリノアと呼ばれた妙齢の女性は俺とジョエルを交互に見る。
「知り合いかい?」
***
「なんだって?」
通信を切ったマルティナにエドガーが訊ねる。三人は教会の外で昼食を取り、その帰り道だった。正門は人通りが多く、武器を持って出入りするのは避けようと彼らは裏道を使用していた。林道を抜け寄宿舎前に差し掛かる時班長であるアイクから通信が来たのだ。
「なんか時間かかりそうだって」
マルティナは肩をすくめた。彼女の言葉にエドガーは疑問を抱く。
「魔物はいなかったんだろ?」
「子供に捕まったって言ってた」
「どういう状況だ?」
アイクは魔物がいないか確認しに行っただけのはずなのに、なぜそんな状態に陥るのか。困惑し眉間を押さえる。
「まあ、問題もないみたいだし良いんじゃない?」
マルティナはそう言うもエドガーは納得していない様子だった。
「あいつたまに見通し甘くなるよな。世話焼きなんだから時間多く見積っとけって」
「でもそういうお人好しなところ、嫌いじゃないんでしょ」
二人の半歩後ろを歩いていたヴィオラが言う。図星に少年の喉が鳴った。班長のことは信頼しているし、率先して人を助けようとする姿は見習うべきだ。確かに嫌いではないがそれを言うのはなんとなくはばかられた。
寄宿舎、神学校の前を通り大聖堂の裏口へと歩みを進める。そんな時、マルティナがある視線に気が付いた。
彼女はそこへ目を向けると、その先では三人の男がこちらを見ている。エドガーも気が付き表情を歪める。前回のこともあり、自分たちに目が向けられるのにいい気はしなかった。
「ねえ」
距離を保ったままマルティナは三人に声をかける。
「前からあたし達のこと見てるよね?」
なにか用でも、と彼女が最後まで言葉を言わないうちに三人は背を向け逃げるように去っていった。
「なんだあれ」
彼らの行動に疑問をエドガーは持つ。有力な情報を話すわけでもなければ、自分たちの陰口を叩く様子でもない。いったい何がしたいのだろうか。
「別になんかあるわけでもないなら放っておいて良いんじゃない?」
「そうだな」
マルティナの言葉に納得し彼は前を向きなおす。なんであれ自分達に害がないのならそれで良い。エドガーは扉に手をかけ、大聖堂へと足を踏み入れた。
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