落日に燃ゆる⑦

 ジョエルを傷付けることができない。彼は普通の青年のはずだった。確かに俺の前でも演技をしていたのかもしれない。

 しかし、孤児院で見せた姿は本来の彼だったはずだ。彼が自分を犠牲にしてまで守りたかったあの場所で自分を偽るわけがない。

 攻撃を受けていない胸が痛む。一つ一つの思い出が刃を鈍らせる。


「それがアーティファクトと知って盗み出したのか?」


 俺は自分が刃を振る正当性を求めてジョエルに問う。


「そうだよ、あいつが昔珍しいアーティファクトって自慢してたから」


 俺の周りを帯が囲う。捌き切れない、俺から近すぎるためエドガーたちからの援護も来ないと判断。筋力強化魔法『強法スティル』を発動し、帯が動くのと同時に旋回。すべて弾くとジョエルと距離をとり追撃を防ぐ。


「こんなに強いアーティファクトだと思わなかったけどな」


 アルトゥーロ大司教が当時の法をすり抜け、偽りの申請をした可能性に気が付き虫唾が走る。この悲劇はすべて大司教を起因としていた。彼の邪悪さに怒りが沸き上がる。

 だがそれを向けられる相手はどこにもいない。ジョエルが殺してしまったのだから。やり場のない感情が発散されないまま渦巻いていく。


 後ろに回り込んでいたマルティナの短剣を帯が受ける。刃が擦れ彼女の目の前で火花が散った。


「随分使いこなしてるじゃん」

「時間はあったからな」


 先端を尖らせた帯がマルティナを襲う。激しい刺突を短剣と銃の腹で受け流していく。逸らせなかった分は体を傾け回避するも、無数の連撃が肩に着弾し肉が削がれる。

 夜ジョエルが人気のない道を出歩いていたのもアーティファクトの術式を試し順応するため? 思考を巡らせるも答えは出ない。


「だから、こんなことも出来る」


 ジョエルが愉快そうな声を上げると彼の目前に数十もの術式が一度に展開された。さらに広がり、術式と術式の間にも隙間なく術式が浮かび上がっていく。無数の術式が壁となり立ちふさがった。低位狙撃魔法『槍弩ザギッタ』の術式であるがこの数は洒落にならない。


 手を振ると一斉に放たれる。凄まじい射出音と共に槍が飛び交った。床を砕き、椅子を粉砕し、礼拝堂を破壊していく。

 捌き切れなかった槍が肩や足に突き刺さる。腕にも着弾し動きが鈍る。手が止まるとさらに腹部や大腿を貫通していった。

 槍の飛来が収束し、破壊された床が砂塵となり宙を舞う。近くにいたマルティナは、何本もの槍が体のいたる所に刺さり激痛に膝を付く。俺の体に刺さる槍の内二本が、背にある木製の長椅子まで貫通し体を縫い付けていた。


 後ろにいたエドガーやヴィオラも防御していたようだが、無数の槍は容易くそれを破っていた。肩と大腿に槍を受けたエドガーが膝を付く。魔具には新たな術式の光が灯るが、痛みで阻害され展開が遅い。


 ジョエルがエドガーへと近付いた。『鋼鉄穿呀砲グロブス』を発動しようとした瞬間、ジョエルは彼の鳩尾を蹴り上げる。激痛で術式の展開が止まり霧散していく。小柄な体は衝撃で仰向けに倒れた。痛みに身を捩るエドガーの胸にジョエルの足が乗る。


「お前の魔法は厄介だ」


 体重が乗せられ、足元から枝の折れるような音がした。声にならない掠れた絶叫が礼拝堂に響く。


「ほら、なんとかしてみろよ」


 苦しむエドガーをせせら笑い、帯を操る手を向けた。俺は槍を無理矢理引き抜き、止血術式を後回しにして駆け寄る。俺が放つ飛び蹴りを躱し、ジョエルは後ろへ下がる。横では解放されたエドガーが激しく咳き込んでいる。着地しもう一度跳躍。距離を詰めると帯が向かってくる。


「ジョエル、こんなこと止めてくれ」


 帯を受け止めながら俺は懇願する。俺達が刃を交える必要はない。今からでも声を上げればあの三人は正当に裁かれる。彼らに重い罪と罰を与えることができる。だから、


「今ならまだ……!」


 俺は言いかけて口を噤む。引き返せる? アーティファクトを使用し大司教を惨殺したジョエルが? 一瞬過った考えを急いで払拭する。


 帯による攻撃が緩むのと同時に口元に浮かべていた笑みが解けていく。


「俺だってこんなことしたくなかった!」


 ジョエルが叫び、表情が苦渋に歪んだ。


「人を殺すなんて……!」

「ジョエル……」


 帯が速度を落とし収束していく。俺も手を止め彼を見る。ジョエルの肩が小さく震えている。孤児院の子供たちを守るとはいえ、手を汚したことに後悔しているのか。

 そう、ジョエルは本来優しいはずだ。皮肉な態度を取りながらも俺達の仕事に付き合い、俺が傷付いたことに負い目を感じ、孤児院で子供たちから慕われていた彼は──、


 いや、違う。

 湧き上がる違和感に駆られ、剣を後ろに回すのと同時に甲高い金属音が響く。俺の後ろから首に帯が突き立とうとしていた。震える手で帯を弾き、ジョエルを見る。笑っていた。


「あーあ。騙されなかったか」


 呆然とする俺を見て声を上げて笑う。

 ジョエルは、俺が躊躇った瞬間急所を狙った攻撃を仕掛けてきた。


 もう、戻れない。そう確信した。

 柄を握りしめ踏み込んでいく。傷はヴィオラの回復魔法によって治っているが胸の痛みだけが引いていかない。痛みを忘れるためにさらに前に出る!


 マルティナも援護に入り帯を捌いていく。帯は高速で動き、不規則な動きをするが見切れない程ではない。攻撃を予測し、受け流し、その間に追撃を挟めば攻防は容易く逆転する。

 反対側でマルティナが頷き距離を取る。俺も後ろに飛んだ瞬間、目の前でエドガーの爆撃術式が炸裂した。さらに発砲音。『鋼鉄穿呀砲グロブス』による砲撃が煙を散らしながらジョエルに着弾。咄嗟に帯で逸らしたようだが肩を削っていく。


 二連の魔法に紛れ俺は再び前に出る。ジョエルはただ大きな力を振り回しているだけだ。正面からぶつかれば押し負けるが、連携を用いれば絶望的な相手ではない。

 無防備になった右腕を斬り上げる。刃が手首に沈み、そのまま両断。遅れて血が吹きあがる。血の花弁の向こうにジョエルの不敵な笑みが見えた。

 嫌な予感に退避すると、数本の帯が地面に突き刺さった。アーティファクトの嵌る右手を分断したはずなのに何故魔法が使える?


 ジョエルを見ると、切り落としたはずの右手は何事もなかったかの様に彼の腕に戻っていた。

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