落日に燃ゆる⑧

 傷一つない手首をさすりながら、俺を見てわざとらしく悲しげな顔を作って見せた。


「酷いな、こんなことするなんて」

「酷いのはどっちだ」


 彼の表情に騙されてはならない。あの惨状を作りだした上で俺達に平然と接し、今も俺達にも躊躇いなく攻撃してくる。距離を取ったまま剣を構えると、ジョエルの口元が歪み再び帯を向けた。

 帯を受け流す手が痺れている。少しずつ斬撃が重くなっていた。彼がそれだけアーティファクトに順応してきているということか。


 エドガーが横から『鋼鉄穿呀砲グロブス』を放つ。砲弾の軌道上に帯が殺到しジョエルに届く前に細切れになっていく。ジョエルがそちらに気を取られている間にマルティナが距離を取り銃を構える。

 二発の銃声と共にジョエルの体がよろめいた。銃弾は右胸部と左腹部に着弾し、服に赤い斑点を作っていく。ジョエルは舌打ちをしながら術式を展開。十数本の『槍弩ザギッタ』の群れがマルティナに降り注ぐ。マルティナは走って回避。さらに生成された槍が彼女を追いかけていく。

 エドガーも『槍弩ザギッタ』を放ち応戦。帯が全ての槍を弾き無効化する。


 二人に気を取られている間に俺は再び間合いを詰める。俺に気が付いたジョエルが後ろに下がろうとするが遅い。狙いは同じくアーティファクトのある右腕。

 意図に気が付き右腕を下げるが、俺の手はジョエルの胸倉を掴む。そのまま上体を前に振り頭突き。額が激突し鈍い音が響く。額から鮮血を零しながらジョエルはよろめいた。俺はそのまま旋回し左回し蹴り。即座に体勢を整え跳ねあがった右腕を斬り上げる。


 斬った瞬間、切断面から繊維が伸びていく。迷わず手首を返し再び両断。そして落ちてきた手を蹴り、アーティファクトごと遥か後方へと飛ばす。

 しかし『堕獄黒千蛇烈旋舞アートラムアルマ』の術式は止まらない。俺とジョエルの間に無数の帯が入り仕方なく撤退する。


 ジョエルの切断面が泡立ち骨や筋繊維、神経系が再生され一瞬のうちに回復する。俺が蹴り飛ばした腕に目を向けると、分断された手が微かに動いていた。違う、指輪が動いていた。

 指輪が一瞬光ったかと思えば視界から消える。まさかと思いジョエルに目を向けた。


「無駄だよ」


 そう言って笑みを浮かべる彼の指には指輪が戻っていた。

 ジョエルは完全にアーティファクトと同化している。絶望が広がっていく。胸を貫く出血なき傷が激痛となって襲い掛かる。

 しかし止まっていられない。全ての帯が俺へと殺到。無数の帯が大蛇のように迫る。剣で受けるも手数が足りない。剣を抜けた帯が俺の頬を腹部を大腿を裂いていく。

 目の前に岩が出現し、一瞬攻撃が止まる。エドガーが俺の撤退用に『岩突ラピス』を発動。帯が岩を切り刻んでいる間に猛攻から離脱する。


 破壊の中心でジョエルは唇に手を添え考える仕草。


「お前らが使ってる術式は……」


 首を傾げながら、新たな術式を展開。五重の術式がジョエルの前に五つ連なった。


「こうだな」


 狂気の笑みを浮かべたジョエルが五連の『鋼鉄穿呀砲グロブス』を射出。耳を劈く大音響に包まれながら砲弾が俺に迫る。抱えている暇などないため、エドガーの襟首を掴み跳躍。エドガーの目前を、俺の後頭部付近を砲弾が通りすぎていく。高位術式の五重展開など常識を逸脱してる!


 エドガーを離し即座に前に出る。床に赤い術式が見え横に飛んだ瞬間床が爆ぜる。ジョエルは『爆炸ボルス』まで再現し始めた。


 爆撃を抜けてマルティナも前に出た。彼女は放たれた『鋼鉄穿呀砲グロブス』を斜めに跳躍し避ける。しかし着地点にはその行動を読んだ『爆炸ボルス』の術式が灯る。空中で旋回し緊急回避、直撃は免れるも爆風により体勢が大きく崩れる。

 帯がマルティナの足首を掴み持ち上げた。ヴィオラが彼女を宙吊りにする帯に『槍弩ザギッタ』を放つも別の帯が弾いていく。ジョエルがヴィオラを一瞥すると帯が振られ、彼女に向かってマルティナを叩き付ける。横目で確認するも、砂煙の向こうに動きはない。

 彼女たちの無事を祈りつつジョエルを睨む。


「どうした? 俺を止めたいんじゃないのか?」


 ジョエルは思うように近付けない俺達へ嘲笑を向ける。術者とアーティファクトの分断も意味がない。言葉でも止められない。これでは、彼を止めるには、もう。

 揺らぐ決意を抱えて帯の間を潜っていく。


「俺達を殺してあの三人も殺した後、お前はどうするんだ?」

「は?」


 俺の問いにジョエルの顔が歪んだ。

 距離を取ろうとする彼に張り付き間合いを空けさせない。他の術式を使おうとするのを徹底的に防いでいく。


「お前が以前の生活に戻るのはもう不可能だ。ここで俺達を殺しても術師協会はお前を追う。彼らの追跡からは逃れられない」


 術師協会にはジョエルがアルトゥーロ大司教を殺した犯人だという証拠を提示している。もし、俺達がここで倒れたとしても、彼が違法術師であるという事実は揺るがない。

 帯の攻撃を予測し弾く。素人の斬撃など単調で読みやすい。


「当然お前の行為はこの国に知れ渡る! あの孤児院にも!」

「煩い……!」


 当然教会にも敷地内での彼との戦闘を想定し、許可を得るために何もかも報告している。

 ジョエルに手が届く範囲まで接近した。俺はジョエルの胸倉を掴み引き寄せる。激しい怒りに駆られていく。最悪の形で復讐を成したジョエルへの、楽観的に彼に接してた自分への、もう後戻りが出来ない現実への!


「お前は一時の感情で人を殺した! その結果がこれだ!」


 俺の口は事実を告げる。ジョエルの顔が憎悪に歪んだ。


「煩い! 黙れ黙れ黙れ!」


 俺の手を掴み返す。怒号と共に俺達の足元に巨大な赤色の術式が浮かんだ。術式の一部を見て息を飲む。


「お前が! 後押ししたくせに!」


 咄嗟に抗マナ術式を発動し防御。次の瞬間、地を震わす轟音と共に爆炎が上がった。熱風が吹き荒れ、数多の破片が体を裂く。強い衝撃が襲い、全身が引きちぎられる様な感覚が走る。


 爆発の衝撃波に飛ばされ、礼拝堂の壁に打ち付けられた。遅れて俺の剣が転がっていく。霞む視界で自分の状態をなんとか見た。

 全身の裂傷と熱傷、右腕は消失している。破片で切り裂かれた左腹部からは腸が零れていた。頭から血が滴っているため、多分頭のどこかも傷を負っている。

 内臓損傷による吐血で思うように息ができない。全身の痛みで意識が飛びそうだった。


 ジョエルは、自分を巻き込んで高位爆撃術式『爆炸爆壊塵破エールプロティオ』を使いやがった。『爆炸ボルス』の上位魔法であるこの魔法は広範囲を爆撃し、その爆風と破片によりさらに周囲を破壊する。離れていたマルティナとヴィオラは分からないが、おそらくエドガーも巻き込まれているだろう。


 粉塵の奥、欠けた視界で前を見ると同じく重症となったジョエルが立っていた。彼も俺の姿を見付け、流血しながらゆっくり近付いてくる。歩きながら裂傷が治り、右手が再生し、露出した臓器が腹部に戻されていく。

 前まで来ると、俺の髪を掴み強引に頭を上げさせた。ジョエルの光のない双眸に死にかけの俺が映る。


「良いざまだな」


 彼は俺の状態を見て、血濡れの顔に満足気な笑みを浮かべた。自分へのダメージを厭わない自傷の様な攻撃に声も出なかった。

 俺に白い術式が浮かび、回復魔法の光が灯る。遠くで瓦礫にもたれ掛かりながら杖を掲げるヴィオラがいた。動ける状態まで回復した彼女が、なんとか俺の命を繋ごうとしている。ジョエルの顔に不快感の皺が刻まれる。


「なにしてんだよ」


 彼女を睨み『爆炸ボルス』を撃つ。俺に浮かぶ術式が弾け回復が中断された。

 俺は左手を伸ばし何とか剣に触れようとする。気休め程度でも良い、微量でも回復しないとおそらく俺はあと数分で絶命する。指先が柄を掠める。あと少し、触れさえ出来れば、魔法が。


 中指が柄に触れると同時に目の前を帯が通り過ぎる。遅れて激痛。帯は左手首を断ち、さらに剣を弾き飛ばしていった。乾いた音を立て剣が転がっていく。

 腕が地面に落ちる。力が入らない、血を流しすぎていた。


「別に俺は幸せになりたいわけじゃなかった」


 ジョエルは呟く。それは彼が孤児院の帰り道に零した言葉だった。


「ただ望まれて、それに答えようとして、それだけだった」


 自白の様な言葉が響く。孤児院に預けたのも、教会に送り出したのも全て、ジョエルを取り巻く環境が彼を思ってしたことだった。


「そうだよ。その結果がこれだ」


 ジョエルの口がいびつな弧を描く。笑っていた。笑うしかなかった。

 幸福への祈りは歪み、彼を苦しめるだけのものとなっていた。この悲劇は、彼の幸せを願ったことで始まってしまった。


「それ、でも……まちがっ、てる」


 喋ろうとするも胃から血液が込み上げ上手く言葉にならない。

 たとえこれが俺のせいだとしても、このやり方だけは肯定することはできない。

 彼が違法術師となって大司教を殺害した事実が公表されれば当然孤児院にもその話は届く。それは彼を育てたエリノアを悲しませるだけでは済まない。アーティファクトの使用は重罪の上、殺害の残虐性から大きな話題となるだろう。彼の育った孤児院は非難の対象となる可能性が高く、最悪の場合閉鎖に追い込まれる。

 彼の守りたかったもののためにも、大司教は正当な手段で裁かれるべきだった。


「じゃあどうすれば良かったんだよ!」


 悲痛な声と共に俺の頭を壁に打ち付ける。視界が揺れてジョエルの表情が見えない。

 彼は逃げることを許されなかった。逃げれば孤児院への支援は止まり、それか別の者が犠牲になる。もしくは彼が大司教に消され、新たな悲劇が生まれていた。優しさが、自己犠牲が教会への楔となっていた。

 頭上から自棄になった笑い声が降る。


「……お前を殺せば良いのは分かるよ」


 暗転しかけた視界を前に向けると帯を俺に向けとどめを刺そうとしていた。後悔しようが悲嘆しようが遅い。俺達は、もう戻れない。


 帯が動き出した時、目前に影が落ちる。

 マルティナが間に立ち攻撃を阻止していた。横から発砲音、『鋼鉄穿呀砲グロブス』が帯の間を抜けジョエルの腕を削る。ジョエルが下がった所に『爆炸ボルス』を撃ち、さらに後ろへと追いやった。マルティナは追撃に走って行く。


 再び俺に回復魔法の術式が浮かんだ。高位の回復魔法が複数発動し痛みが引いていく。ヴィオラがさらに効果を高めるため、俺へと歩み寄る。彼女は自分を後回しにして俺の治療をしていた。先程の爆発で右上腕の開放骨折、頭からは流血し続けている。応戦する二人も重症だった。マルティナは腹部や大腿が深く抉れ、鎖骨も骨折し飛び出ている。魔具を構えるエドガーも左腕がない。


 なんとか動けるまで回復し、ヴィオラへ礼を言いその場を離れる。

 エドガーの元に寄ると、彼は俺を見て顔をしかめる。


「おい、大丈夫かよ」


 完全に回復していないためそこら中に裂傷が残っている。動けば体中が痛み、血が足りていないため顔も死人の顔色となっているだろう。


「今までで二番目くらいに死にそうだ」

「じゃあ大丈夫だな」


 だが強がるしかない。エドガーも左腕を失った痛みに耐えながら、無理矢理笑顔を作っていた。

 低位回復魔法を使いながら状況を確認していく。


「ジョエルは爆発の中心地にいてあれだ。桁違いの回復力で生半可な攻撃は意味を成さない。それに周りの帯も貫通力の高い魔法だろうかほぼ阻まれる」

「なるほどな」

「だからこの前言ってたあれ、使えるか」


 俺はエドガーを見た。視線に気が付き、彼も俺を見る。

 エドガーは俯き暫し熟考する。酷な役割を強いてることは分かっている。だがこれしかない。

 彼は深呼吸し、顔を上げた。翠緑の瞳は淀むことなく前を見据える。


「やってやるよ」


 それは決意を固めた強い眼差しだった。

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