落日に燃ゆる⑨

 エドガーは魔具を開き術式を白と赤の術式、二つを展開し始める。最初に赤の術式が浮かび、そこに白の術式が重なると同時に二つの術式が視界から消えた。白い術式はこれから展開されていく巨大術式を悟られないための隠蔽術式だった。


「条件は分かってるよな?」


 エドガーの問いに俺は迷いなく頷く。


「大丈夫だ」


 彼が覚悟を決めたのなら俺もやり遂げて見せる。体はもう問題ない。

 込み上げる感情を振り切りジョエルに向かって行動を開始する。

 負傷するマルティナに代わり前へ。すれ違いに一言で作戦を告げると、彼女は頷きさらに後ろへと下がっていく。

 ジョエルは俺の姿を見て忌々しげに睨んだ。


「死に損ないが」

「あの程度で殺せると思ったか?」


 笑いたくもないが無理矢理笑顔を作る。ジョエルは俺の挑発に表情を歪ませ、露骨に苛立ちを示した。


「じゃあお前もあいつみたいに細切れにしてやるよ!」


 狙い通り帯が全て俺に向けられた。波のように四方から迫る帯は束となり目前に迫る。手数は減るが、結束された帯は俺の腕力と並ぶ力となっていた。高速で刃がぶつかり合い、受け流す度に目の前で火花が散る。

 発砲音と共にジョエルの右肩に銃弾が着弾。ヴィオラの回復を受けながらマルティナが帯の間を抜いて狙撃を開始。ジョエルは舌打ちと共に彼女たちを見た。その隙に俺は大きく一歩踏み込んでいく。


「なーんてな」


 軽薄な声と共にジョエルが振り返った。腕に帯を纏い、さらに筋力強化魔法『強法スティル』の術式が五つ重なる。

 視線で行動を誘導されていた。回避が間に合わずジョエルの裏拳を剣で受ける。ありえない数の強化術式が施された腕が炸裂し重低音と共に吹き飛ばされる。

 空中で旋回し姿勢を整え追撃の帯を弾く。着地しすぐ横へ跳躍。着地地点を予測した『爆炸ボルス』による熱波が肌を掠める。


 無茶苦茶な五重発動にジョエルの手が複雑骨折するも即座に治っていく。筋力強化の負担に耐えられない分、回復魔法で無理矢理治しながら五連の強化術式。理にかなっているがおかしい。

 アーティファクトの補助があるとはいえ、見てきた術式を再現し発展させ使いこなしている。もし、術師として生きていたのなら相当優秀な後衛術師になっていただろう。

 しかしそんな未来は存在しない。俺が断つのだから。


 下がった俺の代わりにマルティナが進む。

 短剣で帯を受け、顔面にきたものを顔を傾け回避。追撃の帯を屈んで避けそのまま足払い。ジョエルの体勢が崩れるが地面に帯を突き刺し後方回転で立て直す。帯と『槍弩ザギッタ』をかわしマルティナが距離を詰める。

 斬撃の合間にマルティナは帯の隙間から発砲。銃撃にはまだ対応出来ていないため、胴に二発三発と弾を受けていく。


「めんどくさ」


 即回復されるため大したダメージにはならないが鬱陶しいのには変わりない。ジョエルが呟くと足元に術式が浮かぶ。マルティナが下がると同時に『爆炸ボルス』が発動。直撃は免れるも破片による裂傷を受けていく。間近で食らったジョエルは一瞬で回復。

 俺は再びマルティナと交代。とにかくやるしかない。ヴァナディース像を背にしたジョエルと激しく斬り結んでいく。


「あのガキの魔法がきてない」


 俺達の攻撃に違和感を抱き、ジョエルは呟く。


「何しようとしてんだよ」


 睨みつけながらジョエルが二度目の『爆炸爆壊塵破エールプロティオ』の展開を開始。礼拝堂を飲み込む規模の術式が浮かび始めた。

 術式の発動を阻止するためにマルティナも前に出る。帯の攻撃を受けながら無理矢理上から強襲。銃を持つ右手が切断されるも彼女は止まらない。着地しさらに前へ跳躍、数多の惨劇を受けながら懐に入り左腹部へと短剣を突き立てた。

 急所への攻撃にジョエルがよろめき『爆炸爆壊塵破エールプロティオ』の術式が消失する。しかし踏みとどまり至近距離で『槍弩ザギッタ』を射出、マルティナの腹部と左大腿を貫通。さらに撤退中の彼女に帯が向かい右下腿を切断。俺が間に入り追撃を防ぐ。


 横から帯が俺の腹部を裂く。さらに『爆炸ボルス』が放たれ、剣を持つ左腕も吹き飛ばされた。しかし止まるわけにはいかない。激痛と共に進んでいく。


 それぞれ利き手を奪ったジョエルは勝利の笑みを浮かべた。


 風を切る音と共に回復を投げ出したヴィオラの『槍弩ザギッタ』が七本飛来、六本の槍はジョエルに当たる前に帯が叩き落としていった。残りの一本、帯の間を潜り抜けた槍を俺が掴む。

 『堕獄黒千蛇烈旋舞アートラムアルマ』を自分と『槍弩ザギッタ』への防御に使い隙が生じた今しかない。踏み込み、腕を振り被った。槍をジョエルの胸部に突き立て押し込んでいく!


 肋骨を砕き、薄い体を貫通させさらに奥。矛先は背後のヴァナディース像へと到達。腕を振り切り彼の体と像を縫い付ける。

 ジョエルは吐血しながら俺を睨んだ。帯が彼を拘束する槍を切断しようと動く。


「アイク!」


 壁側に退避していたマルティナが叫び短剣を投げた。受け取った勢いのまま、もう一度刃を突き立てる。そしてその場で旋回、剣の柄を蹴りさらに奥へと刃を押し込んだ。


「終わりだ、ジョエル」


 胸に突き立ったままの短剣により回復が阻害され、激痛に項垂れたジョエルへと投げかける。彼はゆっくりと顔を上げ、俺の表情を見て薄く笑った。

 これは俺が招いた結果だ。あの時自分のことを話さなければ、ジョエルと仲を深めなければ、最初この礼拝堂に入らなければ、いつか復讐を果たしたとしてもこのような凄惨な結果にはならなかった。

 だから、決して目を逸らさない。彼を見据えたまま俺は横に跳躍する。


 それと同時にエドガーが隠蔽魔法を解き、完成した術式が顕現。エドガーの前方に巨大な八重の術式が出現。術式の回転と共に眩い閃光が溢れ出す。エドガーの今までの努力と経験、そしてダンテによって改造された魔具がこの術式の発動を可能にする。


 炎系禁忌術式『灼滅核閃光焱葬砲カーエルムラディウス』が発動。白き炎の一閃が術式から迸り、一億度にも及ぶ途方もない高熱の熱線が前方を破壊し尽くす!

 術式で完全に制御しているとはいえ、周囲には爆風が吹き荒れ、余波の熱で肌が焼かれていく。魔法はヴァナディース像のさらに向こうの壁を蒸発させ空へと抜けていった。


 エドガーの提示した条件。それは発動まで時間を稼ぐことと、彼を動けない状態にし、確実に攻撃を当てる隙を作る事。

 使用許可は貰ってるとはいえ実践では初めての使用。術式を構築する時間を要し、術式の不備をなくすためにも他の魔法の並行展開を一切取りやめる。

 今回は俺とマルティナで禁忌術式を展開するまでの時間を稼いでいた。ジョエルは戦闘経験がないためこの作戦で押し通したが、経験豊富な相手には使えないだろう。


 やがて熱線は細くなり消えていく。風が収まり、蒸気が辺りを包む。礼拝堂の正面には大穴が穿たれ、その向こうに血の様な夕焼けが見えた。周囲のステンドグラスも余波で溶け消失、熱線の通り道となった床も融解し陽炎が立ち上る。力を使い果たしたエドガーはその場に崩れ落ち荒い息を吐く。

 駆け寄りたい所だが、我慢し近くに飛ばされていた俺の剣を拾い歩き出した。激痛と疲労で倒れそうな体を引きずり祭壇へと向かう。


 白煙の奥、大穴の下にはジョエルが膝をついていた。俺は彼の前に立ち、結果を見届ける。

 ジョエルの左半身は消し飛ばされ、傷口は炭化している。もう回復する力はないらしい。熱線への防御と生命を維持するためにアーティファクトの力を使い果たしていた。残った右手を付き、なんとか体を支えている。力を持たない俺は、こうすることでしか彼を止めることが出来なかった。


「やっぱり、凄い、な。術師協会って、やつは」


 沸騰して黒くなった血液を吐きながらジョエルは笑う。


「……これは、エドガーの努力の賜物だ」


 俺が答えると、熱傷により傷付いた気道から掠れた笑い声を発し右手を掲げる。黄色の術式が浮かびきるその前に剣を振り、その手を落とす。黒い血液の弧を描き腕が飛び、大理石の床を転がっていく。もう腕は再生しない。心機能も弱まっているせいか、血は噴き出ず垂れていくだけだった。


「ははっ、容赦ねーな」

「もう抵抗はやめろ」


 何もしなくても彼はもうすぐ絶命するだろう。だから、これ以上傷付けたくない。これは俺の我儘だった。


「嫌だね」


 嘲笑うようにジョエルの口元が歪み、背後に黒の術式が出現する。最後まで嫌な奴だ。

 迷う間も、思い出に浸る間もなく、剣を振りかぶる。


「────、」


 刃が首に届く直前、唇が動き言葉を告げた。緩みそうになる手を、覚悟を、決して離さぬよう柄を握り締める。

 剣を振り切り、首を刎ねた。

 重い音と共に頭が落下し、意識を失った体が崩れ落ちる。



 耳には最後の言葉が反復していた。

 そんな言葉、聞きたくなかった。

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