鈍色の町⑤
「今回はたいした事なかったな」
エドガーは昨日と今日の仕事を比較しながら席に着く。確かに魔物の討伐と比べれば楽だったが、少しの油断で命を落としかねない現場は多少なりとも疲れを覚える。
「まあ今日は移動の方が長かったしね」
窓から外を見ながらマルティナが言う。日はすでに落ち辺りは暗くなっている。町の街灯は壊れているのか、点灯していないものがいくつか見られた。空き家も多いこの町は夜になるとより一層寂しさが増す。
俺達は夕食のため昨日と同じ店に入っていた。昨日は食事時から外れた時間のため客はいなかったが今日は疎らに入っている。
手を上げウェイトレスを呼ぶと昨日と同じ女性が来た。それぞれ注文していく。
「今の所順調かしら」
ヴィオラの問いに俺は頷いた。
「問題はないけど、予定通りって言った方がいいな」
しかし油断はできない。任地にいる間は何が起こってもおかしくはない。休息ももちろん重要だが、ある程度の用心は必要だろう。
しばらくして料理が運ばれてきた。今日はマルティナがパスタとサラダとパン、エドガーがシチューとパン、ヴィオラと俺は昨日と同じ物。ウェイトレスはてきぱきと机に並べていく。料理を置き終わると他の客に呼ばれ、次のテーブルへと去っていった。
俺達も食事に手を付ける。
シチューを食べていたエドガーが突然顔をしかめた。
「どうした?」
俺が訊ねるも、まだ口に入っているため答えられない。エドガーは時間をかけて咀嚼し、やっと飲み込む。
「別にどうしたってことじゃねーけど」
手元のシチューを見てエドガーは疑問を浮かべた。
「鳥かと思ったけど小骨が多くて。何の肉だ?」
「兎じゃないか?」
彼の疑問に俺は即答する。彼の上げた特徴からそのような気がする。
「う、うさぎ……?」
エドガーの顔に動揺が広がる。信じられないのかもう一度シチューを見てまた俺の顔を見た。
「兎を食べるのか?」
「フォリシアじゃ普通に店で売ってるよ」
小さく「そうなのか……」と呟きエドガーの手が完全に止まる。次の一口が踏み出せないらしい。よくよく考えればミルガートでは見ない食材なので食べる地域は限られているのか。確かにあの愛らしい見た目を思い出すと食べにくいと思う気持ちも分からなくはない。
「可哀想だから食べれないって?」
マルティナが躊躇うエドガーを茶化す。その言葉にエドガーの指がぴくりと動いた。眼を細めマルティナを見る。
「食えるよ、別に」
ゆっくりと食べ始めたのを見てマルティナは笑みを浮かべた。
「私の故郷じゃ蛇とかトカゲだって食べたよ」
「確かエレフ出身だったよな」
「そ。砂漠じゃ爬虫類や虫は貴重な食料だしね」
俺とマルティナの会話を聞いていたエドガーが虫、という言葉にあからさまに不快感を示す。
「ここがエレフじゃなくて良かったよ」
エドガーは正直に言う。文化の違いと言えども、俺も虫は遠慮したい。
突如、店内に机を殴る鈍い音が響き渡る。
「遅ぇぞ! 客を馬鹿にしてんのか!?」
男の怒号に店内が静まり返った。俺達は声の主に眼を向ける。そこには一人の禿頭の男がいた。俺より背の高い長身に筋肉質な体。頭から腕まで入れ墨が掘られている。拳を振り上げ、今にも殴りかかりそうな雰囲気だった。
「こんな町でもこんなごろつき沸くんだ」
マルティナは他人事の様に話す。実際、自分たちの仕事には関係ないものなので他人事であるのは事実だが。しかし見過ごす事は出来ない。
止めるために立ち上がる。が、その前に一人の青年がごろつきの元へと歩み寄った。青年はごろつきの耳元まで近付いていく。何か喋っている様だがこちらからはよく見えない。
青年が話し終わったのか、ごろつきの表情がばつの悪そうなものへと変わる。俺まで聞こえる大きな舌打ちをすると、近くの椅子を蹴り飛ばし店から出ていった。
「出番はなかったな」
エドガーが言う。俺は静かに席に着いた。
「穏便に済んだならそれでいいよ」
「言うほど穏便か?」
エドガーの視線の先を見る。男が蹴った椅子は俺達の足元近くまで転がって来ていた。
青年の元にウェイトレスが近付いてく。彼女の不安気な顔は青年の無事が分かると笑顔となった。
二人は楽しそうに談笑している。黒の短髪に青の瞳、普遍的な青年で特に武装している様子もない。体格は細身であのごろつきとは一回りも小さかった。よくあの男性に立ち向かったものだ。
ウェイトレスが店の出口まで青年を見送る。手を振り、去っていく彼を名残惜しそうに見ていた。扉が閉まり、彼女は気持ちを入れ替えるようにくるりと体を向きなおす。
店内を見渡し、倒れている椅子に気が付いたようだ。
「ごめんなさい、お騒がせして」
彼女は謝りながら椅子を元の場所に戻すと俺達の所にやってくる。「空いたお皿下げますね」といい、次々と左手に乗せていく。
「その指輪はさっきの彼からもらったの?」
マルティナが彼女の左手に光る指輪を見ながら訊ねた。ウェイトレスの顔に笑顔が広がる。
「そうなんです! この前プロポーズされて」
「それは、おめでとうございます」
祝福の言葉を送ると彼女は照れたように笑った。
「彼とは子供の時からずっとこの町で過ごしてきたんです」
そう言って窓に目を向ける。寂れた町の風景は変わらないが、彼女にとって思い出の詰まった美しい場所なのだろう。
「だからずっと彼とこの町で生きていくって決めてるんです」
そう語る彼女は終始幸せそうだった。本当にこの町が好きなのだろう。彼女が少し羨ましかった。
「でもあの人が言うには、この町にも大きな仕事が入るらしいんですよ。そしたらきっと、また町に活気が戻るはずです」
かつて栄えていた頃の町を思い描き、彼女からは溢れんばかりの笑顔が零れていた。彼女の幸せを願うも、同時に俺は少しの罪悪感を抱く。
「すいません、私の話ばっかして。皆さんもお仕事頑張ってくださいね」
両手に空き皿を持ち厨房へと去っていった。
この町に来て二日目。俺達の仕事も終局へと向かう。
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