鈍色の町⑥
三日目。
太陽が頭上に昇る昼過ぎ。俺達はいつもの飲食店に入っていく。昼食時にも関わらず客は誰もいない。ウェイトレスは俺達を見ると「同じ席にどうぞ」と声をかけた。
「ここの味もなかなか好きになってきた所なんだけどね」
席についたマルティナが言う。いつまでも同じ所に留まる訳にはいかない。かと言って、向こうに帰っても同じような仕事が待っていると思うと複雑な気持ちになるのだが。
「転移通路までは流石に馬車だよね?」
マルティナの問いにエドガーは眉を顰めた。
「もう帰りの心配かよ。まだ仕事は残ってんだろ」
エドガーの言う通りだが、もうそこまで時間はかからないだろう。
ウェイトレスが水を運んできた。
「確か今日で三日目ですよね」
彼女の目には寂寥感が浮かぶ。三日も顔を合わせていれば別れを惜しむ気持ちも分からなくはない。
「言ってた人とは合流できそうですか?」
「はい」
俺は短くそう答える。同時にこの店に近付いて来る複数の足音に気が付いた。俺は構わずに言葉を続ける。
「無事捕まえましたよ」
「え?」
その直後、入口が勢いよく開かれた。その衝撃で扉に付けられたベルが耳障りな音を立て鳴り続ける。続けて何人もの男が店の中に入ってきた。皆憤怒の表情。手には短剣や鍬、銃まで持つ者もいた。真っ直ぐにこちらのテーブルへと向かい俺達を囲んだ。
「皆、どうしたの……?」
「お前は下がってろ」
ウェイトレスは状況が掴めず狼狽えている。彼女とこの男性たちは顔見知りらしい。つまりここの住民だ。
「やっと来たか」
エドガーが言うとウェイトレスは困惑の表情を浮かべる。
「なに言って……きゃっ」
彼女を押しのけ、体格のいい男が前に出てきた。
「よくも邪魔してくれたな」
怒りで震える声で男が言う。
「邪魔とは?」
「俺達の仕事を台無しにしただろ!」
男は声を荒げた。エドガーは男の言葉にため息をつく。マルティナは退屈そうに頬杖をついている。ヴィオラは机の下で魔具を構えていた。俺は男の言葉に反論する。
「それはこちらの台詞だ。あなた達のやっている事は術師協会の邪魔に他ならない」
「術師協会!? お前ら、まさか……」
町民達からどよめきが起こる。この単語に焦るという事は自覚があるのだろう。
「あなた達は森の奥で新たな採掘場を発見した」
「なんでそれを」
動揺する男を前に俺は構わず続ける。
「そして、それを嗅ぎ付けた違法業者があなた達に相場以上の値段で魔石の取引を行うと持ち掛けた」
俺は淡々と告げる。
違法業者が町民からこの採掘場を奪う事はない。この町は元々採掘で栄えており、技術も機材も揃っている。町民に魔石を掘らせてしまえばあとは簡単に搾取できる。
「もしかして大きな仕事って……」
聞いていたウェイトレスが血の気の失せた顔で声を上げる。まさか町ぐるみで違法業者と取引していたなんて思いもしなかっただろう。彼女が思い描いていた希望は地に落とされた。
「なんでよりによって違法業者なんかと……!」
「この町、借金あるよね。それも莫大な」
マルティナが懐から一枚の紙を取り出し皆に見えるよう掲げた。一部の村人はそれから逃げるように視線を背ける。マルティナの持っているのは諜報部が掴んだこの町の借金の借用書の写しだった。
「この町を立て直すにはこの話に乗るしかなかった、そうでしょ?」
そう言いマルティナは町民達を睨む。前にいた男は彼女の眼光に思わず後ずさった。
「こっちにはあなた達と業者の契約書という証拠もある。大人しく捕まってくれ」
俺の言葉に男は俯き拳を握る。僅かに肩が震えていた。
一日目に倒した魔物の群れは元々新たな採掘場近くに暮らしていた魔物だった。魔物除けの魔具によって住処を追われ、普段なら居る事のない場所にまで降りてきてしまった。グラウスは近隣住民の被害を考慮し魔物の討伐に至った。
二日目、俺達はこの町の取引先であった業者を捕縛する。
そして今日、業者との仲介役になった男が情報通りこの町に訪れたためそのまま捕まえた。わざと目立つ所で捕まえればこの件に関わっている者達を挑発し炙り出せると考えたが、こうも簡単に乗ってくれるとは思わなかった。
それぞれ別の仕事に見えるが、全ては一つの採掘場にまつわる事件だった。この町にガラの悪い男が増えたのもこの業者の影響だったのだろう。
目の前の男の震えが大きくなる。恐怖ではなく、彼は笑っていた。
「ははは! この状況でそんな事言えのんかよ!」
術師協会と聞き、最初は俺達に畏怖の目を向けていた町民も男に釣られて笑いだす。
「追い詰められてんのはお前らだろ!」
彼の言葉を皮切りに、町民達に安堵の声が広がっていった。
「よく見たら子供もいんじゃねーか」
「四人くらい殺してもここなら隠蔽できるしな」
「こんなの送り込むなんて天下の術師協会も人手不足か?」
「あそこがだめになっても別の業者があんだろ」
彼らは俺達への揶揄を吐きながら手に持った武器を構え始めた。素人相手に手荒な事はしたくなかったがこうなっては仕方がない。
「残念だ」
俺の言葉を合図にヴィオラが展開していた術式を発動する。
ヴィオラが掲げた杖から激しい光が迸った。一番前にいた男は光を直視し崩れ落ちる。低位の目隠し魔法だがこの程度の相手なら十分効く。すかさずエドガーが眼が眩んだ者を縄の魔法で拘束していった。
俺は席を立ち、一歩で距離を詰めると後ろで銃を構えていた男の鳩尾を殴る。横で棍棒を振り上げた男が目に入るも無視。即座にマルティナが間に立ち、男の手を掴むとそのまま捻じって棍棒を落下させる。もう片方の手で男の頭を掴み彼女の膝と男の顔面を衝突させた。口からは折れた歯と血が零れる。
後方に銃を構える男性が見えた。俺は即座に近くの机を倒し簡易の盾とする。転がってきた硝子の灰皿を掴み銃を持つ男へと投げる。頭に命中し彼は白目をむいて気絶した。立ち上がり机を蹴り飛ばすと、近くにいた男二人が巻き込まれ倒れていく。
向かってきた拳を避け、そのまま襟首を掴む。近くにいた鍬を振りかぶる男の胸倉をもう片手で掴み引き寄せ、頭と頭を衝突させる。
次々と倒されていく仲間たちに恐怖を覚えたのか、一人の男が逃亡しようと出入口に駆け出した。マルティナが追いかけ彼に飛び蹴りを放つ。そのまま扉の前に立ち逃亡を阻止する。
俺達は淡々と制圧していく。飛び交っていた銃声も罵声も次第に収まっていった。
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