第12話 鈍色の町⑦ 術師協会の仕事 後編

「これで最後か」


 全員を縛り終えエドガーが言う。床には手足を縛られた町民達が転がっていた。その中には、昨日ウェイトレスと話していた青年の姿もあった。俺は見ないふりをして前を向く。


「これ馬車に全員乗せられるかな」


 マルティナが指で数えていく。数が十に差し掛かった辺りから顔が曇る。途中で数えるのを止め俺を見た。


「これ乗せらんなかったらどうするの?」

「馬車をもう一台頼むか、無理やり詰め込むか、かな……?」


 俺の言葉にエドガーは嫌な顔をしていた。後者は非人道的なので俺だってやりたくない。しかしこの辺境はもう一台馬車を準備するのも時間がかかる。まあ馬車が到着してから考えればいいだろう。


「連れて行かないで……」


 か細い女性の声が横から聞こえた。目を向けると壁際にウェイトレスが立っていた。ふらふらとした足取りで歩き出す。彼女が向かうのは将来を約束した青年の元だった。膝を付き婚約者に触れる。彼は気絶しているため反応はない。


「ねえ、この人は、ここに連れてこられただけよ……。違法者に、関わってるはず、ないじゃない……」


 震える声で言葉を詰まらせながら彼女は言う。残念ながらこの男性が彼女に仕事について話していた事、昨日のごろつきを窘める事ができた事から考えて、彼が中心人物である可能性は高い。

 俺が彼女に近付こうとすると、彼女の右手が動いた。


「こないで!」


 彼女の手には銃が握られていた。落ちていた物を拾ったのだろう。銃など無縁の生活をしていた彼女の構え方はいびつで、手は震え照準は合っていない。


「あなた達のせいだ……」


 俯き小さく呟く。再び顔を上げた時、俺達に向けられたのは憎悪の瞳だった。


「もうすぐ幸せになるはずだったのにっ! あなた達のせいで!」


 叫ぶような声で彼女は言う。見当違いの怒りだが、今の彼女が感情をぶつけられる相手は俺達しかいない。決壊しそうな精神を保つには俺達を悪とするしかないのだ。

 彼女は引き金に指をかける。俺は構わず近付いた。


 発砲音。銃弾は俺から大きく逸れ斜め上へ放たれていた。そんな手付きで当たるはずがない。ゆっくりと彼女へ歩み寄る。


「嫌! こないで!」


 彼女は再び引き金を引いた。

 しかし弾はでない。何度も何度も引き金を引く。先程の一発で弾は尽きており、空しい金属音が鳴るだけだった。


「この人も捕まえとく?」

「ひっ」


 マルティナの言葉に彼女は悲鳴をもらす。俺は首を振って止めた。


「あなたはこの件に関わっていない。捕まることはないだろう」


 そう告げると、彼女の力の抜けた手から銃が落ちた。


「違う、違うの……」


 彼女は両手で顔を覆う。手の間からは大粒の涙が零れていく。


「あの人がいないと……、町も、私は……」


 言葉を最後まで言わないまま、彼女は声を上げて泣き出した。

 彼女にかける言葉が見つからなかった。罪を犯したのはこの町とはいえ、彼女の幸せを目の前で奪ったのはこの俺なのだから。

 踵を返し彼女から眼をそむける。


 いくら事情があろうが破ってしまえばただの犯罪者だ。

 この辺境で生きていくのに必要な大規模の魔物除け魔具は維持費がかかる。それは積み重なり莫大な借金となっていった。彼らは町の存続のために違法者の手を取ってしまった。

 しかし、違法業者から提示されていた金額もなにかと理由を付け減額され、はした金で取引される事となっていただろう。発見された鉱山も、規模からいって借金をまかなえる額になるとは思えない。


 術師協会に申請し、正式に採掘を行ったとしてもこの町に待っていたのは終わりだった。

 彼らにこの町を手放す覚悟さえあればこんな悲劇も生まれなかった。


「気にすんなよ」


 エドガーが俺に気を使ったのか声をかける。そんな顔をしていたのだろうか。


「何があろうが悪いのは違法者だ」


 そう言うエドガーの表情も暗かった。

 深く考えるのはやめよう。こんな小さな悲劇も、俺達には日常に過ぎないのだから。

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