鈍色の町⑧
仕事を終え俺達は帰路に就く。山間を走るこの馬車は転移通路へと向かっていた。
屋形の中はどことなく重い空気が漂う。難しい仕事ではなかったのだが、後味の悪さから妙な疲れが残っていた。
元を辿れば違法な取引を持ち掛けた業者が悪い。さらに言ってしまえば辺境の町を保護する制度がないこの国にも原因がある。なんて、言っていればきりがない。
思わずため息が出る。やはり違法者以外から憎悪を向けられるのはあまりいい気分ではない。一部から恨まれようが、違法魔石による犯罪を未然に防ぐ事ができた。そう思えば少しは自分の気も晴れるのだろうか。
淀んだ空気を払拭するようにマルティナが口を開いた。
「やっぱりグラウスの仕事は同業者の邪魔がなくて良いね」
「邪魔?」
マルティナの隣に座っているエドガーは、彼女の言葉に疑問を抱く。
「邪魔って言うか、獲物の取り合いで同士討ちするの。同業者が減れば仕事がしやすくなるでしょ?」
「なんで協力しないんだ?」
少年の純粋な問いに元賞金稼ぎは喉を鳴らして笑う。
「そんな事したら自分の取り分が減るでしょ。それに協力したふりして、終わったら後ろから刺されるなんてこと日常茶飯事なんだから」
こうやって、と言ってマルティナは右手を銃の形にしてエドガーの頬を突っついた。エドガーは彼女を見ることなくその手を振り払う。
「分からない方がいい世界だな」
「その方が幸せだよ」
彼女は過去を懐かしむかの様に遠くを見た。
「まあ、だから誰かと組んで仕事するなんて考えられなかったし、これでもあたし皆の事信頼してるんだよ?」
マルティナはそう言って笑う。猫のように自由で奔放な彼女がこの班をそう思ってくれてるのなら幸いだ。
「そういえば、皆がなんでグラウスに来たのか話したことなかったよね」
マルティナの興味の眼がエドガーに向けられた。
「エドガーはなんでグラウスに来たの?」
「別に大した理由じゃねーよ」
エドガーは眼を伏せる。少し間をおいて話し始めた。
「俺の家、帝国だと結構有名な術師の家なんだよ」
エドガーの故郷というとアウルム帝国だったか。ミルガート連邦、イスベルク王国に並ぶ三大魔法国家に数えられる強国だ。その中でも名の知れているという事は相当な名家なのだろう。
「だから、あの術師協会からの推薦って聞いて勝手に返事を返したらしい。知らないうちにミルガート行きの準備が終わってたよ」
皮肉の様な、もしくは自虐的にエドガーは笑う。
「戦争でたいして功績を作れなかったからここで何とかしろって事だろうな」
十五歳の少年にはあまりにも似つかわしくない表情だった。一年共に過ごしたからと言って彼の事を全て知っているわけではない。対した理由じゃないと言っても、彼は彼で複雑な思いでここにいるのだろう。
「でも、ここは悪くないんだろ?」と彼が先日言っていた言葉を引用すると「さあな」とはぐらかされた。
「ヴィオラは?」
エドガーが斜め向かいに座る彼女に話を振った。
「私は……」
ヴィオラは考えることなく話始める。滅多に自分の事を話さない彼女に皆が耳を傾けた。
「私は私の恩人のためにここに来たわ」
「恩人?」
第三者の登場に思わず聞き返してしまった。ヴィオラは小さく頷く。
「そう。あの人の役に立ちたいと思ってこの部署に移動させてもらうよう頼んだの」
この部署に移動、確かに彼女は元々術師協会所属の医術師だ。彼女のように部署を移動しグラウスにやってきた物も何人もいる。
だが、彼女の様にこんな危険な部署に志願してやってきた人はいるのだろうか。それ以上に驚いたのが、物静かであまり意見を口にしない彼女がそんな行動力を示した事だった。
彼女の恩人とは誰なのだろうか。少なくとも構想段階からいる部長以上の人物だと思うが。
「アイクは?」
考えていると声に思考を遮られる。
「次はあなたの番よ」
気が付けば皆が自分を見ていた。ここに来た理由、俺は腕を組み少しの間考える。
「別に俺は大した理由じゃないよ。推薦を貰ったから来ただけだし」
「それだけか?」
悩んで答えたこの回答にあっけなさを感じたのか、エドガーは疑問を持っているようだ。俺は「そうだよ」と短く答える。
「まあ、給料高いしその他もだいぶ待遇良いもんね」
「勝手に魔具改造されるのが良い待遇だって?」
「それは別」
早くも皆、この話題への興味を失くし別の話題へと移っていく。しかし俺にはそれがありがたかった。
皆の声が遠く聞こえる。俺は先程の自分の言葉について考えていた。
推薦を貰ったから受けただけ。確かに間違った事は言っていない。しかし、それは本当の理由でもない。本当の事なんて言えるはずがなかった。
自分は故郷から逃げてきたなんて。
フォリシア王国──ノトス大森林地帯に接する小さな国。俺はそこで生まれた。
騎士団長であった父親のようになるため、幼馴染と交わした一緒に国を守るという約束のため、たゆまぬ努力を重ねてきた。そのつもりだった。
最年少で部隊長に就任した際、自分へ投げかけられた言葉は祝福ではなく親の七光りという言葉だった。
そして、事あるごとに心無い言葉を吐かれ、後ろ指を刺され続け、俺は耐えられなくなり逃げ出した。約束も全部投げ出して。
「何してんだアイク」
立ち上がったエドガーが不思議そうに俺を見ていた。気が付けば馬車は止まっている。どうやら転移通路に到着していたらしい。
「悪い、この後の事考えてた」
不審に思われ俺は取り繕う様に笑う。
「俺が言うのはあれだけど、働きすぎんなよ」
エドガーは一瞬顔をしかめるも、気遣いの言葉をかけ先に降りて行った。俺も立ち上がり転移通路へと向かう。
自分は顔に感情が出やすいとよく言われる。
この感情を隠したまま、上手く笑えているのだろうか。
一章 揺蕩う魔の世界 了
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