二章 祈りの残滓
芽出の夜*
月と星の淡い輝きが窓から教会の廊下へと零れる。人影もなく、獣の鳴き声もしない静かな夜だった。
一つの足音がその穏やかな静寂を破る。手持ちランプを持った青年が薄暗い廊下の奥から現れた。本日の教会内の見回りを任された若い助祭の顔には緊張が張り付いている。夜の教会は昼の煌びやかな雰囲気とは一転し、閑靜さが恐怖心を呼んでいた。
青年は一つ一つ部屋を空け誰も居ないか確認していく。時々ではあるが信者が教会内に残っていたり、教会に納められた寄付金などを狙って盗賊が紛れこんだりすることがあるらしい。
部屋を確認し終わり青年は廊下へ戻る。その時、窓の外で黒い何かが蠢いているように見えた。青年は急いで窓に近寄り外を見る。護身用の杖型の魔具はいつでも侵入者を撃退できるよう魔法が紡がれていた。
ランプを掲げ、用心深く外を確認するが自分が見たものはどこにも居ない。
勘違いかと安堵のため息をつき青年は術式を解除した。窓から離れ、再び廊下を歩き始める。
その直後、遠くから硝子の割れる甲高い破砕音が教会内に響き渡った。
今度は聞き間違いではない。この方向は礼拝堂だ、と青年は音の方向へ走る。
数分と経たずに礼拝堂の前へ到着する。扉を挟んだ状態ではあるが、特に中から物音は聞こえない。青年は震える手を持ち手に伸ばす。強く脈打つ心臓を落ち着かせるように深呼吸をしながら扉を前に押した。
入った瞬間、生暖かい風が体に当たる。それに乗って鉄のような匂いがした気がした。青年は顔をしかめながらランプで礼拝堂を照らす。
礼拝堂内は荒らされた様子もなく、いつものように信徒用の長椅子が規則的に並ぶ。正面には教会の象徴であるヴァナディース像が佇んでおり、慈愛の目でこちらを見ていた。左右の窓はステンドグラスとなっておりそれぞれ天使が描かれていた。
だがその一角、奥のステンドグラスが割られていることに気がつく。風が当たったのはこのせいかと青年は納得し、割られた箇所を目を凝らし見る。窓から何か紐のようなものが床へと伸びていた。青年はゆっくりとそこに歩みを進める。近づくにつれ、最初に感じた鉄のような生臭い臭気が強くなっていく。
長椅子の間から横たわる人が見えた。青年が急いで駆け寄ると、その紐の様なものの正体が分かった。
紐だと思ったものは腸だった。硝子に引っかかった腸は真っ直ぐに横たわる人物の腹部に伸びていた。恰幅の良い腹からは腸のほかに収まりきらなくなった赤や黄色の臓器が溢れる。四肢は全てあらぬ方向に曲がり、関節から骨が飛び出ていた。顔面は中央が大きく窪みその衝撃で両目からは視神経の糸を引き眼球が零れている。床には血に交じって脳と脳漿が飛び散っていた。
青年の絶叫が教会内に響く。
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