一節 平常と日常
耳をつんざく爆音が市街地を揺らした。
相手の違法術師によって紡がれた低位爆発術式『
エドガーは『
「逆上して攻撃。違法者の手本だな」
俺は呟き岩に背を預ける。追跡中の違法者が襲いかかってくるのはよくあることだ。ただでさえ俺は甘く見られやすい。顔の作りに圧がなく童顔と評されるのも原因の一つだろう。
そしてエドガーはまごうことなき少年。こうして命をかけた仕事をしている以上、子ども扱いされるのは矜持に傷が付くのだろうが本当の事なので仕方がない。隣で違法者への嫌悪感と共に深いため息吐いていた。
「手本なら手本らしくさっさと捕まってくんねーかな」
違法者の『
左手に握る剣は標的を見失い、仕方なく一度腰の鞘へと戻した。
「マルティナ達はどうなってる?」
エドガーの問いに俺はピアス型の通信用魔具に手を当ててみる。魔具の向こうからは銃声と爆音。
「戦闘中」
「だろうな」
マルティナとヴィオラ、彼女達とは違法者を追うために二手に分かれていた。同じく交戦しているが心配はしていない。結果は分かりきっているのだから。
エドガーは本型の魔具を開いた。探知魔法『
「数は?」
「二人。多分奥にいるのがこの魔法使ってんな」
話している最中にも相手の攻撃は続いていた。
「それじゃあ俺達はどう出るか」
俺が呟くとエドガーは腕を組み考える仕草。その後、俺を見る。
「アイクが囮になる」
「良い作戦だ」
エドガーは「そうだろ」と笑い、探知術式を作動させたまま新たな魔法を紡ぎ始めた。遠くで激しい爆発音が聞こえると共に地面が揺れ、相手の術式が止まる。
息をつく間もなく俺は岩陰から駆け出した。待っていたと言わんばかりに雷撃術式が殺到。走り抜ける俺の後を追うように雷が落ちていく。雷撃術式を回避しながら横目で術者を確認。術者と思われる男は五十メートル程離れた位置で術式を展開していた。目標を見つけその方角へと疾駆する。
しかし進行方向上ではナイフを持った男が待ち構えていた。エドガーの爆発術式によってあちこちに擦り傷が見られるが致命傷には至っていない。俺は進路を変えるのでも武器を手に取るわけでもなくそのまま直進する。
ナイフの間合に入り男が刃物を横に薙ぐも、俺は男の腕の下をスライディングで通り抜けた。そのまま体勢を整え奥の術師へ向かって走り出す。追いかけようとナイフを持った男が体を反転させるが、そこに鉄の縄が襲来。エドガーによる『
あと数メートルとなった時、違法者は真正面から雷撃術式を射出。直撃を確信した男は勝利の笑みを浮かべた。俺は体を横にわずかに逸らし回避。そのまま距離を詰め、驚愕と畏怖の表情を貼り付けた男の顔面に拳を叩き込んだ。男の口から歯が零れるのと共に後ろへ卒倒する。
「これで終わり」
男が動かない事を確認し息をつく。
「いつも思うんだけど」
エドガーの声に振り返る。少年はもう一人の違法者を引き摺りながらこちらへ向かってきていた。
「お前といいマルティナといい、どうやったら正面から魔法避けられるんだよ」
「勘と経験。よく見れば大体の場所は分かる」
「聞いたのが間違いだった」
「エドガーも鍛えるに越した事はないぞ」
はいはい、と適当に相槌を打ちながらエドガーは再び魔具を開き『
「本当に便利だよな、魔法」
一連の流れを見て、思わず感嘆の声をもらす。本を閉じエドガーは俺に冷ややかな視線を送った。
「アイクだって使えるだろ」
「使えるけどエドガーが使う様な魔法は適性がない」
「俺からしたら身体強化の方が体ぶっ壊すから難しいんだけどな」
エドガーは翠緑の瞳を違法者へ向ける。俺も地に這う二人を見た。
「それにしても魔石の違法売買か。術師協会に喧嘩売るなんていい度胸だよ」
エドガーの言葉に引き摺られてきた男が砂埃の付着した顔を上げる。瞳には逆恨みの炎が灯る。
「協会の犬が。あんな規定は術師の可能性を損なってるだけだ!」
男の言葉にエドガーは不快感から表情を歪めた。
「魔石のランクは術師の力量によって決められている。元々の実力が粗末じゃ高ランクの魔石を持っても木偶の坊にしかならねーよ」
「お前みたいな世間知らずのガキには分からないだろうな」
「そのガキに捕まってるのはどこのどいつだ」
そう吐き捨てエドガーは会話を止めた。彼等との会話は無駄に体力を消費する。
魔石は装備者の潜在能力を高め、術式と魔力によるマナとの干渉で魔法の発動を可能にする。術師協会から資格を持つものへ支給され、それ以外を使うことは許されない。その決まりを疎ましく思う者も多く、こうして違法に売買されている。そしてそれを取り締まるのが俺達の仕事だ。
「二人とも、こんなところにいたんだ」
遠くから聞き慣れた声が聞こえた。その方向に目を向けると、こちらへ向かってくる二つの人影が見える。予想通りマルティナとヴィオラだった。
マルティナの両脇には一人ずつ男を抱えていた。平均より高い身長だが、比較的華奢な体にも関わらず軽々と成人男性を抱える剛腕は流石前衛と言うべきか。俺達と視線が合うと表情を緩めた。
手ぶらのヴィオラは顔にかかる金色の髪を煩わしそうに除けていた。後衛職の医術師が男性を持ち上げるのは不可能ではないが非合理だ。というかヴィオラが男を持ち上げている姿を想像できない。
「二人ともお疲れ」
マルティナが労いの言葉をかける。近くまで来ると抱えていた二人の男を降ろした。見事に失神している。所々に打撃の痕が見られるもマルティナやヴィオラは無傷。一方的な攻防が安易に予想できた。
重荷を降ろし一息ついた彼女は、別行動で動いていた二人に憂慮の目を向ける。
「無事で良かった。なんか凄い音聞こえてたから」
マルティナの言葉に俺はエドガーを見た。
「おかげさまでね」
囮にすることを提案した少年は俺の視線から機敏に目を背けた。その様子にマルティナ何があったか察し笑う。
術師協会所属違法術師取締課グラウス。俺達は今日も奔走する。
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