平常と日常⑥

 スヴェンから押し付けられたゴミを所定の場所に捨て、指定された場所へと向かう。


「こんにちは。先日はお疲れ様です」


 会議室の扉を開けてまず目に入ったのは通信士、カティーナだった。柔和な笑みを浮かべ、こちらへどうぞ、と席を勧める。エドガーとヴィオラは先に来ており既に座っていた。

 会議室にはいくつかの長机が規則的に並び、それに合せて椅子が置かれている。部屋の正面には巨大な受像機が設置され、カティーナは携帯端末を持ちその横に居た。全員が席に着いた事を確認するとカティーナは再び口を開く。


「次のお仕事について説明させていただきますね」

「今回はまた長期になりそうだとか?」


 俺はさわりだけ聞いた内容を思い出し尋ねた。


「そうですね、なんせまだ事件の全貌が掴めていないので」


 カティーナはそう言いながら手元の端末を操作する。目の前の受像機が起動し世界地図が表示された。地図上では現在地であるミルガート連邦、地図左上の国がゆっくりと点滅していた。


「今回皆さんに行って頂くのはここ、ルークス教国です」


 言葉の後、右下にある小さな島国へと画像が拡大される。


「ルークスって確か……」


 何度も耳にするその名をマルティナが呟く。ルークス教国、それはあまりにも有名な国の名だった。


「そう、女神ヴァナディース様を奉る教会の総本山ですね」


 カティーナが仕事を取ってきた訳ではないのだが、何故か彼女は得意げに微笑んだ。

 ヴァナディース教会、その名の通り人々に魔法を伝えたと言われる女神ヴァナディースを祭る宗教だ。もっとも教徒の多い世界宗教であり、実際俺もヴァナディース教徒ということになっている。あまり関心はないが。


「また珍しいところから依頼が来たな」


 エドガーの言葉に対して「そうですね」と同意し端末に向きなおす。


「ルークスは都市程度の規模の国と言うのもありますけど、宗教国家という特異性からそこまで大きい魔法絡みの犯罪は見られません」


 カティーナは言葉を続ける。


「話を戻しますね。今回ルークス教国に依頼されたのは違法術師による殺人事件の調査となっています」

「殺人事件? それなら向こうでも対応できるんじゃないのか?」


 俺は問う。術師による殺人事件は凶悪だが珍しい事ではない。毎日どこかしらで発生しそして解決されていく日常の一つでもある。


「被害者が問題なんでしょう。現在の被害者は二名。どちらも司教と大司教で高位術師の方々なんです」


 受像機から地図が消え、被害者二人の顔写真が並ぶ。写真の中で穏やかな笑みを貼り付ける彼らは、他者からの恨み辛みなど、そういったものからは無縁な印象だった。


「あとほら、もうすぐヴァナディース聖誕祭じゃないですか。教会はそちらの準備に手一杯だとか」


 聖誕祭、確かスヴェンから押し付けられた雑誌にその様な事が書いてあった事を思い出す。まさか先程読み流していた単語を再びここでその単語を耳にするとは。


「こんな事が起こっているのに聖誕祭の心配?」


 呆れ声でマルティナは言う。


「まあ、世界宗教の最大行事ですからね」


 苦笑いでカティーナは答えた。彼女の言う通り、聖誕祭と言えばヴァナディース教会で最も重要な行事だ。俺も小さい頃、母さんに地元の教会へ連れていかれ、ほぼ無理やりミサに参加させられた記憶がある。

 あと、とカティーナが呟いた。


「これはやっぱり知っておいて貰った方が良いと思うから話すんですけど……」

「まだ何かあるのか?」

「さっき向こうで対応できるんじゃないかって皆さん疑問に思ったじゃないですか。実はこれ理由があって」


 若干違和感が残っていたが、やはり理由があったのか。カティーナはそう言ったものの、言いにくいのか言葉を詰まらせる。一度深呼吸をして、意を決して口を開いた。


「今回のこの依頼ですけど、実はエヴェリーナ様直々の依頼なんですよねぇ……」

「はあ!?」


 意外な依頼主にエドガーが驚く。いや、皆驚いていた。エヴェリーナと言えば現教皇。教会の最高責任者だ。


「なんで教皇自ら依頼を?」

「いやー……術師協会とヴァナディース教会は協力関係にあるじゃないですか。それでエヴェリーナ様が新しくできたこの組織使ってみたいって言ったらしくって……」


 俺の問いに対して帰ってきた答えが思った以上に適当で気が抜けてしまう。最高責任者が本当にそんな理由で依頼してきたのか?


「この事件、世間には伏せられているのでくれぐれも漏らさぬようお願いします」


 申し訳なさそうなカティーナが再び端末を操作。画面が暗転する。


「簡単な説明となりましたが以上になります。事件の概要はこちらにまとめてありますが、詳細はあちらで聞いた方が良いでしょう」


 そう言うとカティーナは俺に冊子を差し出した。


「出発は明日になります。送迎はいつも通り。どうかお気をつけて」


 受け取り、薄い冊子を眺める。事件の漏洩を避けたいのか、情報は必要最低限しか書かれていないようだ。

 まあいい。今回の任務も無事に帰還できればそれに越したことはない。

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