剣と血の祝祭⑩

 冴え冴えとした空気に包まれる。早朝、俺は丘の上の小さな礼拝堂にいた。


 石造りの壁は風雨にさらされ苔むし、窓硝子はひび割れ建物の隙間から草木が顔を出している。

 この礼拝堂は老朽化によってだいぶ昔に使用されなくなったらしい。崩落の危険があるため立ち入りを禁止されており、ただひっそりとこの地に取り残されていた。


 古びた礼拝堂の窓に人影が映った。白髪交じりの黒髪に神父服の初老の男性。体を動かして見ると窓に映る人物も同じ動きをする。これは紛れもなく俺の姿だった。うーん、やっぱり慣れない。変装魔法は凄いが、こうしてふとした時に自分の姿を見ると、認識のずれから少し不快感があった。


 まじまじと見ていると乗り物酔いのような感覚に陥るので視線を外す。礼拝堂に背を向け、正面の開けた土地を見た。森の中を少し歩かないと辿り着けない不便な立地だが、ここからの景色を見ると先人がここに礼拝堂を建てた理由がよく分かる。

 東の空が朝焼けによって徐々に薄紅色に染まり始め絵画のように広がっていく。柔らかな光が地平線から昇り、遠くに見える大聖堂を照らしていた。それは感動を覚えるような美しさだった。


 そう、こんな時でなければ。


 風を切る音と共に何かが森から突進してくる。俺は横に飛び回避。突進を仕掛けてきたものは手と足四足で停止しそのまま急速旋回、再び俺に飛び掛かる。長い金髪に、寒気を覚えるほど整った虚ろな顔。袖の長い黒のドレスから覗くのは刃。それはかつて俺を襲ったオートマタだった。


 二撃目の突進も体を逸らし難なく避ける。それと同時に、俺に施された変装魔法が解除された。足元から上へと粒子が迸り初老の男性が消え、いつもの俺の姿となる。


 そしてオートマタの三撃目。回避することを予測していたオートマタが俺の後ろに着地し、再び旋回すると刃を振り被る。変装解除を合図に、近くで待機していたマルティナが俺の剣を投げた。受け取ると同時に筋力強化術式を展開。オートマタの斬撃を受け止める!

 オートマタの剛腕と俺の強化魔法がぶつかり轟音を響かせる。交差する刃と刃が火花を散らした。続く斬撃を受け流していると後ろで発砲音。マルティナが打ち上げた信号弾が空高く上り、鮮やかな赤い光を放った。作戦通り、俺達がオートマタと交戦を始めた合図である。


 昨日、捜査の方針を固めた俺達が考えた作戦はいたって簡単。俺がジュリオ司教に変装し、指定された場所で待機しオートマタを誘き寄せる。本当にこれだけだった。

 オートマタを使用するためには術者もある程度近い距離にいる必要がある。そのため警備隊にも協力を要請し、俺達が戦っている間に捜索して貰うこととなった。違法術師はもう特定できている。


 剣を上段で凪ぐも右腕で止められる。その間から左手で顔を狙った突き。顔を傾け回避し、俺は後ろに下がる。それと同時にオートマタの後ろに接近していたマルティナが飛び上がった。オートマタの頭を両足で挟み体を捻る。そのまま首を捻じり地面へ叩き付けた。勢いよく地面と衝突し体が跳ねる。顔だけ空を仰いだオートマタの顔に赤い術式が浮かんだ。マルティナは即座に退避。その直後『火竜灼吼フランマ』の魔法による高温の炎が吹きあがる。


 隠蔽魔法によって隠れていたエドガーやヴィオラも合流し戦闘に加わっていく。

 エドガーが本型の魔具を掲げ『石巌創落撃モンスペトラ』の術式を展開。オートマタの頭上に五重の黄色い術式が浮かぶと共に巨大な岩が生成され落下していく。

 オートマタの体はうつ伏せになったまま、両腕が奇妙な動きを見せる。関節の可動域など関係なく背中で腕を交差、そのまま落ちてくる岩を両断する。滅茶苦茶だ。


 左右に分かれた岩が粒子となって消える中でオートマタが起き上がり、両手で首を回し正しい位置へ戻していた。


 突如オートマタは丘の向こうへと走り出す。異常に気が付いた術者が撤退させようとしていた。何としても逃がすわけには行かない。

 エドガーがオートマタの前方に『爆炸ボルス』による爆撃を起こす。が、オートマタは止まらない。


 けたたましい破裂音と主にオートマタの体が大きく揺らいだ。それはマルティナによる狙撃術式だった。

 彼女の魔法は少々特殊だ。彼女の魔具である銃は発砲時に銃弾に作用し、通常の何倍も威力のある特殊な銃撃となる。これなら馬鹿みたいに硬いオートマタにも十分通用する。


 俺は一歩で距離を詰め、空中で体を捻じる。そのままオートマタへ上段回し蹴りを放った。オートマタの体が浮き地面を転がる。なんとか崖から距離を離すことができた。ここから飛び降りられ市街地へと逃げられたら終わりだ。とにかく俺達は撤退されないよう攻撃を続けるしかない。


 ヴィオラは『鋼鉄穿呀砲グロブス』を発動。低位の魔法では効果がないと判断し、高位の魔法へと切り替えてく。術式から射出された三十センチの砲弾をオートマタは身を屈め回避した。

 マルティナが接近し短剣で応戦。オートマタは刃を簡単に受け流していく。反対から俺も切りかかるが片腕で止められてしまう。

 オートマタの顔がマルティナを向いたかと思えば、一瞬で『火弾イグニ』の術式が展開された。銃弾のような火の玉を顔を逸らし回避する。オートマタの莫大な魔力では低位の魔法も高位のものに見えてしまう。炎で一瞬気が逸れたところにオートマタが彼女の腹を蹴り上げた。


 大きく飛ばされるも彼女は短剣を突き立て停止。反対側の俺にも『火竜灼吼フランマ』を放ち、仕方なく後ろに飛び退いて撤退する。代わりにエドガーが連発できる『槍弩ザギッタ』で応戦していく。オートマタの装甲に低位狙撃術式は効果がなく、胴に当たるが布を破くだけで次々と弾かれていった。


「近付くと火飛んできて面倒!」


 マルティナが再び飛び掛かりながら言う。そう言うもやるしかない!


 彼女はオートマタの右凪を短剣で受け止める。挟み込むように振られる左腕を屈み回避。腹に通常の銃弾を打ち込むもオートマタは微動だにしない。あの至近距離でも効果がないようだ。振り下ろされる両腕を地面を転がり避ける。そのまま腕と腹筋の力だけで後ろに飛び、追撃をかわしていった。


 マルティナが離れたのを確認してエドガーが『爆炸ボルス』を放つ。流石のオートマタでも目前の爆撃には耐えられず、体が大きくのけ反った。


 俺は飛び上がり空中で縦旋回。左腕に強化術式を発動。遠心力を乗せた刃を食らえ!

 受け止めたオートマタの両腕を破壊、そのまま肩に剣が埋まる。が、腹部に強烈な痛みが走った。見ると俺の腹には刃が埋まっている。


 壊したはずの腕は瞬時に回復していた。

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