剣と血の祝祭⑪

 体を捻じり即座に離脱。飛び退きオートマタと距離を取る。浅い所で気が付いたため内臓は傷付いていないようだ。腹部にヴィオラによる『癒法ティオ』の術式が浮かび痛みが引くと共に傷口が塞がっていく。


「この化け物が」


 隣に並ぶエドガーが呟いた。まったくその通りだ。こんなのを相手にしていたら悪態もつきたくなる。


「何か簡単に倒せる手はないのか?」


 そう言ってエドガーは俺を見た。オートマタの剛力により吹き飛ばされてきたマルティナが近くに着地する。


「そんなの決まってるでしょ」


 彼女は頬から滴る血を拭いながら獰猛な笑みを浮かべた。俺も彼女の言葉に頷く。


「ひたすら殴る!」


 同時に地を蹴りオートマタへ向かう。発した言葉もまったく同じだった。


「分かってたことでしょ?」


 後ろでエドガーを諭すヴィオラの声が聞こえた。

 とにかく斬って、殴って、撃って黙らせるしかない。


 剣戟を避け、受け流し、激しく切り結んでいく。マルティナが適時背後を取るが、常時全方位に感知術式が働くオートマタにはまるで意味がない。合間にエドガーとヴィオラが狙撃魔法で援護しオートマタの撤退を止める。


 オートマタの止め方は二通り。核である魔石を破壊するか、術者がこれに止まるよう指示を出すだけ。違法術師を確保したら先程と同じ信号弾が上がることとなっているが、未だ音沙汰がない。


 腕二本による斬り下ろしを受け止める。

 その間に後ろに回ったマルティナが上から強襲、しようとするが彼女の動きを感知し首が真後ろに向いた。術式が浮かぶのと同時にマルティナは空中で体を捻る。同時に『火竜灼吼フランマ』が発動、波頭となって押し寄せる炎を何とか避けるも逃げ遅れた左腕が火に触れ焼け爛れる。この間も俺への斬撃は続き、彼女を援護することができない。


 横からエドガーが五連の『槍弩ザギッタ』を放つ。一本が頭に刺さり火炎は止まるもオートマタの体にダメージはないに等しい。オートマタが俺の剣を弾き横に飛ぶ。身を屈めたかと思えばそのまま跳躍、エドガーへと向かった。


 エドガーは『爆炸ボルス』による爆撃でオートマタの突進を止めようとする。しかしオートマタは止まらない。死の恐怖を持たないそれは爆発を物ともせずそのまま向かっていく。焼け爛れ回路を露出させた顔を回復させながら、オートマタが腕を突き出す。間に合わない!

 オートマタの右腕がエドガーの腹部にめり込みそのまま背中へと抜ける。そして、貫通させたままもう片方の腕を振り上げた。二撃目が来る前にエドガーは後ろに飛ぶと共に、威力の調節した『爆炸ボルス』で自身の体を吹き飛ばし無理矢理距離をとった。重度の火傷から回復したマルティナがオートマタの頭に飛び蹴りを放ち、追撃を食い止める。俺は飛ばされてきたエドガーを受け止め撤退していく。


 エドガーの顔は青白く、意識は朦朧としていた。オートマタの刺突と距離を取る際に使用した爆撃による裂傷と熱傷、とにかく出血が多すぎる。ヴィオラが術式の展開を開始、見ただけで三つの高位術式を同時に使用し全力で治療していく。


 傷が塞がるのと共に、徐々に顔に赤みが戻っていく。瞼が一瞬痙攣し、ゆっくりと目を開いた。意識が戻った瞬間、俺の腕から離れると地に手足を付き胃に溜まっていた血液を嘔吐する。


「くそっ死にかけた」


 吐き終わったエドガーは荒い息のまま立ち上がり服の袖で口元を拭った。翠玉の双眸はオートマタを見据える。


「行けるか?」

「当たり前だ!」


 俺の問いに即答し魔具を掲げる。要らぬ心配だった。死の淵に立たされようが彼の闘志は消えていない。さらに激しく燃え上がり、彼の才覚を研ぎ澄ませる。

 エドガーは『鋼鉄穿呀砲グロブス』を高速展開、一瞬で術式を完成させ射出。マルティナへと振り下ろされる腕を破壊した。


 腕はすでに直り始めているが、一瞬でも隙が作れれば十分だ。マルティナは後ろに飛びながら銃でもう片方の腕を弾き跳ね上げる。接近していた俺がオートマタへ下段蹴り。そのまま転倒させた、かと思えば崩れた耐性のまま旋回。空中で体勢を整え俺に斬り下ろしを放った。

 呆気に囚われながらも転がり斬撃をかわす。オートマタは人間には不可能な予測の出来ない動きをしてくる。即座に立ち上がり追撃の刃を受けた。オートマタの腕は既に全快している。


「意味わかんない」


 オートマタを挟んで正面に立つマルティナが吐き捨てる。俺も同じ気持ちだ。戦いの場では笑えと教えられてきた彼女の顔もオートマタを前に引きつっていた。警備隊からの連絡はまだ来ない。しかし犯人を確保したとしても一つの懸念が残る。だがやるしかない!


 斬撃の間に来る火炎魔法を勘と気合いだけで避けていく。爆撃術式を使って来ないだけいい。爆煙に紛れ逃げられる可能性がある。


 エドガーがもう一度『鋼鉄穿呀砲グロブス』を射出。オートマタは右腕を縦に構えそのまま振り下ろす。砲弾はオートマタの顔へ届く前に、二つに別れ霧散。音速を超える三十センチの砲弾をいとも簡単に斬るなど本当に意味が分からない。

 しかしその間に懐に入っていく。俺の剣を右腕で受け止め、左腕で反撃。が、マルティナの銃弾が軌道を逸らす。俺は剣を押し返し、心臓を狙った突き。オートマタは体を横に向け回避する。刺突の勢いのまま旋回し横に凪ぐとオートマタが両腕で受け止める。


 剣を押し返し放つ斬撃を体を横にし避ける。一瞬、オートマタの動きが止まる。なぜかと考える前に、そのまま上段後ろ回し蹴り。オートマタの頭が砕かれ転がっていく。追撃のため距離を詰めていく。オートマタは体を起こしながら『火弾イグニ』を放つ。斜め横に飛び回避した。木の幹に着地し、さらに飛ぶ。それと同時に後ろでマルティナのものとは違う発砲音がした。遠くの空に緑の光が迸り、そして弾ける。警備隊の信号弾だった。


 どうやら無事犯人を確保できたらしい。これでオートマタ撤退の心配はなくなった。残る懸念はあと一つ。俺は空中で旋回し座ったままのオートマタの肩へ剣を振り下ろす。


 金属音。両腕を交差し、俺の斬撃を受け止めていた。そのまま腕に力を込め空中で一回転、背後に着地し取り斬りかかる。オートマタは腕を後ろに回し刃を受け押し返した。途轍もない力で返され、体勢が崩される前に距離を取る。

 オートマタは立ち上がり俺を見た。虚ろな青い瞳が青から黒へ、黒から赤へと激しく点滅し始める。俺の不安は見事的中した。

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