第7話 鈍色の町② バジリスク戦 後編

 しかし『モンスペトラ』の展開は続いている。頭上の巨大な岩は竜巻には動じず太陽の光を隠しながら鎮座していた。


「くるよ!」


 マルティナの言葉の後、頭上の影が急速に近付いてくる。

 それぞれ魔法を解くと同時に俺がエドガー、マルティナがヴィオラを抱え左右に退避。けたたましい音を立てながら元居た場所に巨大な岩が落下し崩れていった。衝撃で地面が揺れ、破片が皮膚を裂く。

 抱えられたヴィオラはそのまま術式の展開を開始。俺はエドガーを後方に投げ剣を構える。エドガーは着地するとさらに後方へ走っていった。


 読み通り砂煙の奥から突進が来る。受けきると魔物は噛み付きへと移行。体を横に逸らし回避、そのまま突き出した顔を切り上げた。

 傷は浅いが怯んだバジリスクは後ろに下がっていく。


 再びバジリスクの口に紫の術式が現れた。また毒霧魔法が来る!

 しかし毒霧より先にエドガーの『ラピス』が発動。突き上げられた地面がバジリスクの顎を打ち砕いた。強引に口が閉じられ術式は霧散する。


 激しく脳が揺さぶられ巨大がよろめいた。マルティナがすかさずナイフを投擲。狙い通り目に刺さり、魔物は苦鳴をもらす。連撃は止まらない。エドガーが低位雷撃魔法『ニトル』をナイフに向かって放った。柄に雷が走った次の瞬間、魔物の体が激しく痙攣する。電撃はナイフを通り内臓を焼いていた。いくら硬い皮膚を持とうが体内直接の攻撃は防御できまい。口や鼻から白煙をあげバジリスクは倒れる。


 しかしまだ終わっていない。魔物の体に白い術式が浮かび上がり、ゆっくりと体を起こし始めた。

 回復魔法まで使うのか。

 バジリスクは口から黒い血液を吐きながら怒りの咆哮を上げた。

 ヴィオラに視線を向けると彼女は頷き杖型の魔具を掲げる。青色の魔法陣の出現と共に、その中央から液体が迸る。『アキドゥス』の魔法による強力な酸性の液体がバジリスクの皮膚を溶かしていった。


 俺はバジリスクへと疾駆を開始。残った片目も酸で潰され視力を奪われた魔物は闇雲に尾を振り回していた。腕に筋力強化魔法『スティル』を発動。向かってくる尻尾に剣を立てそのまま切り払う。切断された尻尾が俺の後方へと飛んでいった。


 攻撃手段を潰されたバジリスクは大口を開けて襲い掛かる。俺はその場で半回転し勢いを付けて下顎を蹴り上げる。口は意図せず斜め上の方向で閉じられた。そして、無防備となった首元へ剣を突き立てる。もう一度『スティル』を発動!

 二重の展開によってさらに強化された力で剣を押し込み上へ振りぬいていく!


 皮膚を裂き、筋肉を断ち、骨を砕き、刃が走っていく。首を両断しようやく剣が空気に振れる。重い音を立てながらバジリスクの頭が落ち、統制を失った体が倒れていった。

 完全に沈黙したのを確認し、剣を振り血を払う。


 頬に液体の滴る感覚。手の甲で拭うとそれは血液だった。先ほどの破片で傷付いたのだろう、再び血が溢れてくる。ヴィオラが近付いてきた。


「じっとしてて」

「かすり傷だから直さなくても大丈夫だよ。いちいち治療してたら大変だろ?」

「こんな傷、手間じゃないわ」


 彼女の掲げた杖が一瞬光り『ティオ』の術式が描かれる。術式から出た光が頬に触れたかと思えば、一瞬で傷が塞がった。


「ありがとう」


 礼を言うと、ヴィオラは小さく頷き一歩下がった。この間ずっと無表情だったが、それは彼女が感情表現が苦手なだけ。俺達を思ってくれているのはよく分かる。

 エドガーが魔物の方に近付いていく。


「どう見てもこんな所にいる魔物じゃないよな」


 首の断面と血液の異臭に顔をしかめながら魔物を観察していた。彼は言葉を続ける。


「高位魔法まで使いこなす魔物って言ったらもっとマナが濃い所に生息するはずだろ」


 エドガーの言葉に「そうだな」と同意し俺も魔物を見た。

 魔物とはマナに適応した生物。本来なら人体に有害なマナだが、魔物と呼ばれる種族には恩恵となる。彼らは魔石を介することなく魔法が行使でき、さらにマナ中毒という副作用もない。おまけに魔石を使用しないため術師たちが忌み嫌う術痕という枷もない。

 エドガーの言葉に戻る。魔物はマナの恩恵を受ければ受けるほど強くなる。高位魔法を使いこなす魔物は普段からマナの濃い森の奥深くで生活するものだ。だからこそ、今討伐した魔物に強い違和感を抱いている。


「まあ、あたし達の仕事はその調査じゃないから良いんじゃない?」

「それはそうだけど」


 エドガーは不服な様子だった。しかしマルティナの言う事が正しい。今回の俺達の仕事は魔物の討伐だけなのだから。目的を忘れない様釘を刺しておく。


「で、皆覚えているとは思うけど」


 俺の言葉にエドガーは深いため息をつき、「分かってるよ」と答える。


「今日の仕事は魔物の群れの討伐だろ」


 そう言って嫌そうに俺の後ろへと視線を向けた。薄暗い森の奥からは、木の葉の擦れる音に紛れ大型の獣の足音が聞こえた。同族の血の匂いに誘われ向こうからやってきたのだろう。


「探す手間が省けたね」


 マルティナはそう言いながら右手に短剣、左手に銃を持ち構える。表情はどことなく嬉しそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る