第8話 鈍色の町③ 廃れた町

 ヴェルハーレン王国辺境、森と森の間に位置するサーブルと呼ばれるこの町は、時の流れを感じさせる風景が広がっていた。通りに並ぶ古びた家々は、色褪せた外壁や傷付いた窓が目立つ。持ち主を失い放置された家の窓からはぼろぼろのカーテンが覗き、隙間風に揺れている。手入れのされていない街路には雑草が茂り、人通りも少なく静寂が漂っていた。


 昔は近くで魔石の採掘が盛んに行われており、採掘者が集まってできた町だという。しかし魔石が取りつくされた今、仕事は激減し若者は皆都市へと移住してしまった。どこでも話を聞くような、よくある町だった。


 俺達はこの町唯一の飲食店へと足を踏み入れる。木造の建物に付けられた鉄製の看板は錆びていて読むことができなかった。

 扉を開けると内側に付けられたベルが揺れ来客を知らせるようになっていた。奥から「お好きな席にどうぞ」と女性の声が聴こえる。俺は店内を見渡した。四角い木製のテーブルが並ぶ店内は、食事時から外れた時間のためか他に客はいない。俺達は一番奥の席へと向かう。歩くたびに床が軋み耳障りな音を立てた。

 席に着くなりエドガーが大きなため息をついた。顔には深い疲労の色。エドガーだけじゃない。皆疲れた顔をしていた。

 ウェイトレスの女性がやってきて各々に水を配りメニューを置いていく。彼女のベージュの髪は後ろで一つに縛られ、化粧は控え目で素朴な印象を受ける。

 礼を言いながら受け取るとウェイトレスは微笑み奥へと戻っていった。

 エドガーは水を一気に飲み干した。


「さすがにあれはねーよ」


 グラスを置き、エドガーが続ける。


「群れってのは聞いてたけど大型三体同時に相手するなんて」


 バジリスクは合計五体いた。一体倒し、向かってきたもう一体を倒すまでは順調だった。その後二体やってきて、戦闘中にもう一体が合流してしまった。最悪だった。


「本当に死ぬかと思ったわ……」


 先程の戦闘を思い出したヴィオラは小さく呟く。彼女も高位魔法の連発のせいか顔色が悪い。


「意識飛んだ時、走馬灯が見えたよ」

「笑えねーって」


 マルティナもグラスを空け、水を注ぐと再び飲み干した。

 一匹一匹は大した魔物ではなかった。しかし複数となると話が違う。横から前から魔法が飛び交い、気を抜くと猛毒術式が放たれる。皆一度は食われかけ、マルティナは一回飲み込まれそうになった。俺達の腕や魔物の内臓が飛び交いう酷い戦いだった。


「そういえばあたし達、魔物の討伐って仕事は初めてだよね」

「何度も道中で戦ってたりすんだろ」


 エドガーはメニューを見ながらマルティナの言葉を否定した。


「それは別。こうやって仕事としてやるのは……」


 マルティナは目を閉じ今までの活動を思い出す。


「ないよね?」


 確認するように俺を見た。ない気がするので「ないよ」とだけ言っておく。今まで数多くの違法術師と戦っているため、いつ誰を相手にしたかなんてもう覚えていない。


「あ、あたし決まったよ」

「俺も」

「私も」


 皆頼む物が決まったらしい。俺も決まっていたのでウェイトレスに声をかけ、注文を取りに来てもらった。

 それぞれ伝えていく。俺は複数頼むので最後。四人で大量の注文となったがこれも全て経費で落ちる。ありがたい話だ。


「じゃあ、もう一年も人間相手にやってきたのか」


 エドガーは先程の会話を思い出し嫌そうな顔をした。


「実際は半年くらいだけどね。最初の二ヶ月は座学」


 マルティナがグラウスに来てからの経過を指を折りながら数えていく。


「そんで次の三ヶ月はひたすら演習……」


 そこまで言って彼女は言葉を止めた。あの演習の記憶を思い出したのだろうか。皆も同じ事を思ったのかそれぞれ別の方向を向いていた。

 確かに、あれはもう二度と経験したくない。極限状態に陥る事を想定したいくつもの演習は学ぶ事こそあったがつらい記憶の方が多い。

 冷えた空気を払拭するようにマルティナが口を開く。


「まあ、あっという間だったね」

「最初はどうなるかと思ったけどな」


 エドガーの言葉に思わず苦笑いを浮かべる。最初の演習はとにかく大変だった。


 それぞれ得意魔法や戦闘スタイル、得意分野が違いバランスは取れているが、年齢も国籍も違うチーム。それゆえに衝突は幾度もあった。高位術式に巻き込まれそうになったりと思い出すときりがない。最初の頃は回避のためにエドガーを抱えながら移動するのも嫌がられた記憶がある。すでに懐かしさを覚える出来事となっているが。


「でもあたし、この班結構好きだよ」

「マルティナは気楽で良いよな」

「何? エドガーは嫌なの?」

「そんな事言ってないだろ」


 エドガーは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。対してマルティナはにやけた笑顔を浮かべた。


「じゃあどう思ってるの?」


 彼女の問いに即答できず、エドガーは言葉を詰まらせる。回答を選んでいるようだがいまいち決まらな

いらしい。


「まあ、別に、悪くない……とは思ってる、けど……」


 やっと口に出したエドガーの顔は耳まで赤くなっていた。嘘をつく事も素直になる事も苦手な少年が精一杯絞りだしたその言葉が微笑ましい。マルティナは声を出して笑い、ヴィオラも口角が僅かに上がっていた。俺だけ「何見てんだよ」と睨まれた。


 話しているうちに料理が運ばれてきた。それぞれ頼んだものはマルティナがナポリタンとチキンステーキ、ヴィオラがサラダとスープとパンのセット、エドガーはドリア、俺はパスタ二人前にチキンステーキ二人前。ウェイトレスは手では運びきれずカートに乗せてきた。


「皆さんどこからいらしたんですか?」


 料理を配りながらウェイトレスは訊ねる。


「ミルガートから来てます」

「結構遠くから来たんですね」


 ウェイトレスの手が止まる。あらかた料理を置き終わり、残りの配り先を迷っているようだ。


「あと俺です」

「見かけによらず沢山食べるんですね」


 彼女は意外そうに俺を見ていた。すでに置かれたものを少しずつ寄せ、何とか隙間を作り残りを置いてもらう。さほど大きくないテーブルは料理でいっぱいになった。


「ミルガートから来たのならこんな田舎不便じゃないですか?」

「どこも同じもんだよ」


 マルティナは退屈そうに答える。魔具技術で栄えるミルガートも国全体が同じ水準とは限らない。辺境は似たようなものだ。


「そうですか? でも最近こんな町だけどお兄さん達みたいに外から来た人をよく見かけるんですよ」


 ウェイトレスは楽しそうに続けた。


「皆さんはどうしてこの町に?」


 彼女の青い瞳に浮かぶのは探りなどではなく純粋な疑問だった。都市へ続く道からも外れた辺境にあるこの町はよほどの事がなければ立ち寄る者はいないだろう。そう思うのもおかしくない。


「この町で人を待つ予定なんですけど、相手が遅れている様で。三日くらい滞在する予定です」

「三日も!?」


 大げさにウェイトレスは驚いた。


「こんな町に三日なんて退屈じゃないですか? みんな都市に出てくくらいですし」

「そういうあなたは出ていかないの?」


 マルティナが訊ねた。


「今のところ出ていく予定はありませんよ」


 そういってウェイトレスは笑い目を落とす。視線の先には彼女の左手の薬指。そこには銀の指輪が輝いていた。彼女がこの町に留まる理由はなんとなく分かった。


「それじゃ、ごゆっくりどうぞ」


 軽やかな足取りでウェイトレスは離れていく。

 俺達も食事が冷めないうちに食べた方が良いだろう。ナイフとフォークを取り肉を切り分けていく。肉は硬くややぱさついていた。

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