二節 鈍色の町
一日目。
深緑の樹木が不規則に並び視界を埋め尽くす。背の高い木々の間から日が照らし、遠くから聴こえる鳥のさえずりと風に揺れた葉が心地の良い音色を奏でる。こんな仕事でなければ最高の森林浴となっていただろう。
俺は目の前を見る。視線の先には一匹の巨大なトカゲが寝ていた。
体長およそ七メートル。体は鎧の様な黒い皮膚に覆われ、手足の先には鋭い爪が並ぶ。そこに居るのはバジリスクと呼ばれる種類の魔物だった。
各自配置に付いたのを確認し俺は右手を挙げた。少し離れた所で待機するエドガーは頷くと本型の魔具を掲げる。
隠蔽魔法を解き術式を顕現させる。エドガーの正面の空間が歪み、黄色い円となった魔法陣が現れた。五つの円からなる術式がそれぞれ左右に回転を始めると共に、白い粒子が溢れ三十センチ程の砲弾が生成される。本の表紙に鎮座する魔石が一瞬光り、高位魔法『
音速を超える砲弾は魔物の左足の付け根に着弾。肉を散らすも心臓に届く前に霧散した。低い唸り声と共にバジリスクの眼が開き、細い瞳孔が左右に動く。金色の眼が縄張りへの侵入者を捉えようとしていた。同じく待機していたヴィオラによる『
バジリスクは咆哮をあげながら立ち上がる。そして最初に砲弾が来た方角、エドガーへの突進を開始した。俺はエドガーの前に出ると剣を縦に構え頭突きを止める。凄まじい打撃音と共に衝撃が伝わり腕に痺れが走る。圧倒的質量を受け止めきれず踵が僅かに地を削った。
待機していたマルティナが木の上から強襲。頭に短剣を突き立てるも、分厚い皮膚に阻まれ刃は通っていない様だ。バジリスクは身を捩り大きく尾を振る。俺はその場で屈んで回避。マルティナは飛び退き、銃に持ち替え撃ちながら後退する。
魔物は噛み付こうと大口を開けた。俺が横に飛ぶのと同時に後ろに居たエドガーが口腔内へと魔法を放つ。多重展開された『
苦鳴と共に攻撃を中止するが、魔物の口に黄色の術式が現れた。俺はエドガーの元に飛び、彼を脇に抱えさらに後ろへ後退する。
その直後、今の今まで居た場所に先端の尖った岩が隆起した。俺達は間一髪で魔物による『
バジリスクの体に槍が刺さり俺達を追っていた魔法が止まる。続いて銃声。魔法によって貫通力を高めた銃弾が硬い皮膚を貫いた。魔物の敵視がマルティナとヴィオラへ向く。
「炎魔法が使えればもっと楽なんだけどな」
抱えられながらエドガーが呟いた。
「こんな森で使ったらどうなるか分かるだろ」
「森林火災で良くて始末書、最悪術師免許取り上げだな」
俺の問に答え、片方の口角を上げ自虐的に笑う。分かっているなら良い。俺達は法の下、魔法を行使する事を許されているだけ過ぎない。指名手配犯や魔物を討伐するのに魔法を使っているが、規定から外れた魔法の使用や度を越した損害を出した場合、違法術師として術師協会の矛先は俺達にも向く事となる。
エドガーを降ろすと、彼は即座に新たな魔法を紡ぎ始めた。
確かに同じ低位魔法でも使用属性が違うだけで僅かに発動が遅い。得意な炎魔法を封じられたエドガーが嫌がるのは分からなくはない。
俺も低位の爆撃魔法なら使えない事もないが、発動に彼らの何倍もの時間を要するし威力も精度も極端に低くなる。文句を言いつつ得意属性以外も難なく使うエドガーは流石と言うべきか。
マルティナとヴィオラによる攻撃を耐えていたバジリスクが頭を上げる。口元には紫色の術式が展開されていた。術式の一部を読み、俺達は即座に判断し走り出す。
ヴィオラは発動仕掛けていた狙撃魔法を中止し、高速で別の術式を組み立て始めた。攻撃の準備動作でバジリスクの胸郭が大きく膨らむのが見える。
全員がヴィオラに寄るのと同時にバジリスクの口から毒霧が吐き出された。寸での所でヴィオラの魔法が間に合い、俺達に毒が届く前に高位マナ遮断魔法『
紫色をした死の息吹が辺りを包んだ。近くでいくつもの落下音が聞こえる。巻き込まれた小動物が次々と毒で即死しているようだ。
「毒なんか吐きやがって。人間からしたら禁忌魔法だぞ」
エドガーは苛立ちながら魔法の展開を始める。残念ながら魔物に人間の法は通じない。
障壁の上にゆっくりと緑色の円が出現し二重三重と重なってく。
「アイク、上から土魔法くるかも」
探知魔法で障壁の外の様子を探っていたマルティナが報告した。それを聞いていたエドガーの顔が僅かに歪む。術式の展開を早め、体にマナが逆流している様だ。
同時に頭の上に影が出現する。それは無機質な音を立てながら徐々に大きくなっていく。マルティナの言っていた土魔法はおそらく『
いつまでもここにいられる訳ではない。高位の障壁を展開し続けるヴィオラの顔にも疲れが浮かぶ。
「エドガー、いけるか?」
「あと五秒!」
高位魔法の高速展開による頭痛に耐えながらエドガーは叫ぶ。
頭上の緑の魔法陣が五重となって回転を開始。回転は速さを増し周囲の毒霧がうねる。空を裂くような音と共に結界の外の落ち葉が浮き、大きく弧を描きながら舞い上がった。風の勢いは止まらない。轟音となり地面を抉る。『
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