剣と血の祝祭②

「ちょっといいかしら」


 資料を読んでいたヴィオラが俺達に声をかける。彼女から声が上がるのは珍しい。


「どうした?」

「少し気になる事があるの」


 皆席を立ち彼女の周りに集まっていった。何かに気が付いたのだろうか。ヴィオラが資料を二枚並べる。そこには被害者二人の経歴が書かれていた。


「この二人のここと、ここ」


 彼女の細い指がとある文字を指さす。エストリア王国、クレセントール。


「二人とも同じ支部に勤めてるな」


 俺の発言にヴィオラは頷いた。


「ええ、期間は違うけれども、3年程被っている時期があるわ」

「なにかここで今回の事件に繋がる出来事に関わってた可能性があるってことか?」


 エドガーが腕を組み考える。


「でも被害者二人が過去に不祥事を起こしたことはないって言ってたよな?」


 そう言って俺を見た。起こしたことはないが、一端を担っていたということも十分あり得る。あまり考えたくないが、事件を教会がもみ消したという可能性だって考えられた。これは憶測なので自分の中に留めておく。


「念のため、諜報部に連絡を取ってこの支部で事件はなかったか調べてもらおう」

「ついでに今ルークスにいる中でこの支部に他に所属していた人も追加で頼んでおくわ」


 ヴィオラは机の片隅に置かれていた通信端末である銀の箱に触れた。横のボタンを押すと、箱が展開し様々なボタンが現れる。さらにボタンを押していくと、端末の上に小さい術式が出現。半透明の板が出現し術師協会の紋章が表示された。


「ありがとう、助かるよ」


 彼女にはいつも諜報部と連絡を取ってもらっている。申し訳ないと思いつつ礼を言い、思考に戻る。


「もし何か事件に関わり、恨みによるものだとしたら内部の犯行である可能性が高いな」

「でもジョエルはこの国から出たことないはずでしょ?」


 マルティナが問う。彼女の言う通り彼は留学の経験などなく、生まれたからこの国を離れたことはない。ジョエルには申し訳ないが、一応彼の経歴も調べ確認している。あの勤務態度でありながら順調に出世コースを歩む彼の経歴を見て皆怪訝な顔となった事を思い出した。


 先程の発言について、言っておいて自分でも違和感を持っていた。恨みだとしたらなぜ昨晩ジョエルは狙われたのか。大司教や司教が被害者となっている事件で、助祭である彼が標的となるだろうか。

 被害者の二人が同じ支部に勤めていたのは偶然で、別の恨み、または無差別に教会の者を殺そうとしている可能性も捨てきれない。


 部屋にはしばしの静寂が訪れる。皆もそれぞれ考えている様だが、今ここで答えは出なかった。

 この事件の犯人は昨日の術師で間違いないだろう。オートマタを使役すれば高位術師である大司教も容易に殺害できる。しかしその捜査に対して、教会に属する者で昨日の晩何をしていたか聴取するのは余りにも膨大な時間がかかる。なにか聴取する範囲を絞れる情報があればいいのだが。


 扉をノックする音が部屋に響き渡る。


「どうぞ」


 外の人物へ声をかけると、「失礼します」という言葉に続いて扉が開く。入ってきたのは警備隊の青年だった。会釈をしながら入ってきた彼は少し緊張しているようだった。


「お忙しい所申し訳ありません。少しお時間よろしいでしょうか?」

「構いませんよ」


 警備隊の青年は顔を強張らせたままこちらに近付いてくる。


「すいません、ちょっと手伝って欲しいことがあって……」


 青年はそう言うと懐から一枚の紙を取り出した。広げたその紙はここら一帯の施設など詳しく書かれた地図だった。


「実は先程、この辺りの住民から魔物を見たと報告があったんです」


 青年の指は街から大きく外れた場所を指し示す。


「今、様々なトラブルが同時に起って人手不足でして、申し訳ないのですが皆さんに様子を見に行っていただけないでしょうか?」


 青年は地図から俺達へと視線を移す。眉を下げ申し訳なさそうな表情をしていた。聖誕祭前で観光客が増え対応に追われているのだろう。そういえば俺達が来た初日もスリに出くわしたな。


「いいですよ、自分が行きます」

「本当ですか! 助かります!」


 青年の顔には安堵が広がる。どうせ煮詰まっていた所だ。体を動かせば気晴らしになるだろう。


「俺も行こうか?」


 エドガーが申し出るも、俺は首を横に振る。


「一人で大丈夫だよ」

「本当? 昨日の今日だよ?」

「流石にこの時間に仕掛けてくることはないだろ」


 マルティナの心配も尤もだが、俺は壁に掛けられた時計に目を向ける。針は一二時を指し示していた。


「丁度昼だし皆は休憩に入っててくれ」


 席を立ち装備を確認。問題ないため扉へ歩き出す。

 事前の情報でここらの魔物はそこまでではないと聞いている。すぐ戻れるだろう、そう思っていた。

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