女神の御許⑨
「有益な情報はなし、と」
ルークスに来て三日目の朝を迎える。マルティナは自分達の進捗を確認し呟いた。
簡素な作りの椅子と机が置かれた部屋。部屋の隅には余った椅子が積み重ねられている。四角い机を囲うように俺の横にマルティナ、正面にエドガー、その隣にヴィオラと各々が座る。後ろの棚には聖書関連の書籍が並ぶが、長年使っていないのか埃被っていた。
マルティナは再び口を開く。
「手口も同じ。目撃者もなし。違うのは犯行時間だけ」
「入国者の件はどうなっているのかしら?」
ヴィオラが尋ねる。俺は首を横に振った。
「まだ確認中だ。あと一日はかかるだろうって」
「それじゃあ今日も聞き込みか」
マルティナは退屈そうに椅子の背に体重を預けた。聞き込みも大事だが、押さえておきたい所も確認しておく。
「ガロファロ大司教が亡くなったとされる時間も気になる」
「朝四時だっけか? 確かに普通はこんな時間に出歩かねーよな」
「早朝に外に出る習慣もないと言うわ」
ヴィオラの言葉に俺は頷く。もしその時間に外を出歩きたくなったとしても、わざわざ町はずれの墓地に向かうだろうか。
「そうなると犯人に呼び出されて被害現場へ赴いた可能性が高い」
「大司教にコンタクトが取れる内部の犯行か、協力者がいることも考えるべきか」
マルティナは自分の考えをまとめるように呟き、言葉を続ける。
「反ヴァナディース派だと考えたのは浅はかだったんじゃ?」
「最初の情報だけなら誰だってそう思うだろ」
彼女の言葉にエドガーは反論した。今が聖誕祭間近、そして現場に残されたメッセージから考えて捜査の初動がそちらに向くのは当然だ。マルティナの言った、呼び出されて、という言葉について一つ思い出す。
「そう言えば修道女が前日に送り主の名前がない手紙を渡したって言ってたな」
彼女の顔に疑問が浮かんだ。
「そんなのよくあるんじゃない?」
「俺達もそう思ったけど一応確認しに行ったんだよ」
エドガーが答える。よくある事ではあるが内容は確かめておきたかった。「な?」と同意を求めエドガーは俺を見た。彼に変わって俺がその結果を伝える。
「大司教の部屋にそれらしき手紙はなかった。他の手紙はいくつかあったのにな」
その言葉にマルティナは怪訝な顔となる。
「じゃあもしその手紙が犯人からだったとして、一人司教が死んでる時に呼び出されてのこのこ向かう?」
「呼び出しに応じなければならない内容か書かれていた、とかかしら?」
ヴィオラの意見に頷く。大司教の部屋を捜索した俺とエドガーも同じ結論に至っていた。
「だからこそ大司教は手紙を破棄したのかもしれない」
俺はそう言うもこれ以上言葉は続かない。憶測なのでここで話は止まってしまう。もっと捜査に繋がる情報が得られればいいのだが。
「そう言えば全然関係ないんだけど、昨日聞き込みで変な話聞いたんだよね」
マルティナが言う。
「妙な話?」
俺が復唱する。マルティナが「それなんだけど」と話し始めた。
「今回の事件とは全く関係ないんだけど。昔、何件か教会内で不審死があったらしいの」
ね、とヴィオラに同意を求め、彼女もそれに頷いた。
「事件性もないから当時はそまま不審死として処理されたらしいわ」
「なんでも、神に気に入られた人が連れて行かれたって言われてたんだって」
話を聞いたエドガーは再び眉を寄せる。
「お前、それ本気にしてるわけないよな?」
「当たり前でしょ。そんな理由で死ぬわけないじゃない」
マルティナは目を細めた。死には必ず原因がある。不審死として片付けたのは何か事情あっての事かもしれないが、今はそれを暴く必要はない。しかし勝手に不審死の原因にされたヴァナディースは堪ったものじゃないだろう。
「だいたい、昔っていつの話だよ」
エドガーの疑問にマルティナは昨日聞いたであろう言葉を思い出す。
「確か……十年前って言ってた?」
「本当に今回と関係ねーな」
「最初に関係ないって言ったでしょ。まぁどうでもいい与太話だから忘れて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます