第4話 違法術師取締課④ 技術部へ……

「おかえりー! 待ちくたびれたよー!」


 術師協会所属違法術師取締課グラウス本部。技術部のとある部屋の扉を開けた瞬間、俺達は熱烈な歓迎を受ける。

 こちらへ両手を広げ満面の笑みで走ってくるのは白衣の男性。銀色の無造作に伸びた髪は後ろで雑にまとめられている。同じく伸びきった前髪は片目を隠してしまっていた。研究の邪魔ではないのだろうか。

 エドガーはそんな彼を正面から蹴り飛ばした。痩せ型の研究員は安易に吹き飛ばされ、乱雑に置かれた書類の山に落ちる。


「おかえりじゃねぇよ! この前俺の魔具を勝手に改造したのお前だろダンテ!」


 エドガーは怒りに任せ声を荒げた。宙に舞う紙を鬱陶しそうに払いのけながら技術部最高責任者、ダンテ・ゼーベックは起き上がる。一体自分の何が悪いのか見当の付かない顔で首を傾げる。


「あれのことかな? 気に入ると思ったんだけどな」

「確かにマナ変換の効率を上げる術式が自動発動する点は良い」

「流石エドガー君! 僕が仕込んでいた術式は解析済みか! やっぱ君野蛮な執行部より技術部に来た方が良いんじゃない?」


 功績を称え、ダンテは心からの拍手を送る。だがエドガーは褒められようが憤怒の表情を変えずに続ける。


「ただその機能を勝手に追加して俺に伝えなかった事と、自動発動する術式が異様に魔力を消耗して俺がマナ中毒になりかけた事と、術式の誤作動からの魔法の暴発でアイクの手が吹き飛んだ事が問題なんだよ!」


 一息に不満をぶちまけ、エドガーは荒い息を吐く。

 あの時は本当に大変だった。エドガーが違法者へ威嚇のために爆撃術式を使ったと思えば、前を走っていた俺の腕が吹き飛び、エドガーは中毒症状で倒れ、ヴィオラが俺達の治療に専念し、結局マルティナ一人で捕まえてもらった。暴発の原因が魔具の改造だと気が付くまでのエドガーの落ち込み様は思い出しても痛ましい。


「なんだ、些細な問題じゃないか」

「些細な問題……?」


 エドガーが怒りで震える声で復唱する。


「術式の誤作動程度で違法者を逃す奴らがグラウスに籍を置いてる訳ないだろ?」


 表情一つ変えず彼は言う。彼にとって魔法の暴発はどうでもいいことらしい。その言葉に、エドガーから何かが切れた音がした。


「お前の腕も吹き飛ばしてやる」


 エドガーは本型の魔具を構え術式の展開を開始する。いくらなんでもここで術式の発動はまずい。止めようとするも既に薄らと赤く光る円状の術式が宙に出現。

 しかしその直後、霧散した。


「なんだこれ」


 術式の予期せぬ挙動にエドガーは唖然とする。それを傍目にダンテは立ち上がると白衣に付いた埃を叩き落とした。


「君らの魔具を整備してるのは僕だよ? 細工なんていくらでもできるよね」

「本当腹立つ!」


 ダンテの飄々とした態度にエドガーの怒りは爆発する。殴りかかろうと足を一歩踏み出したところで俺は腕を掴み静止させた。


「落ち着けって。腕なんていくらでもつながるから」

「そうそう、二班の班長の……えーとなんだっけ。まあいいや、彼もそう言ってるんだし」


 悪びれる様子もなくダンテは笑う。おそらく、本当に何が悪いか分かっていないのだろう。


「それに、あの補助術式は低位術式でのみ作動するように設定してたから問題はないだろ?」

「いつかぶん殴る……!」


 エドガーは怨嗟の言葉を吐きながら彼を睨み続けた。もはや恒例となりつつある一連のやりとりにヴィオラは短いため息を吐く。


「それで、お目当てのこれはどうするのかしら」


 彼女の白く、細い指が示すのは違法者から押収した物が詰まっている木箱だった。

 気だるげなダンテの瞳が好奇心の色に染まる。何を言っているのか判別できない奇声を上げ、俺達を通り過ぎ押収物へと駆け出していった。


「こんなのが技術部のトップなんて信じたくないね」

「変な事しなければ腕は本当に良いんだけどな」


 マルティナの呆れ声に俺は頷く。彼の持つ技術は信頼できるが、生活の全てを研究に捧げた奇人の行動はいまいち理解できなかった。


「この間、取り押さえる際に押収物をぶっ壊した四班が塩撒かれてたぞ」


 エドガーは怒りも収まり、やっと落ち着いてきた様子だった。諦めにも似た遠くを見るような目で過去に目撃した事を語る。


「今回も私達の帰りを待ってたんじゃなくて押収物が楽しみで仕方なったんでしょうね」


 ヴィオラの言う通りだ。彼の興味の対象は俺達ではない。彼にとって俺達は宝を運んでくる何かか、魔具の実験体にしか見えていないのだろう。現にほとんどは名前を覚えられていない。おぼろげに何班か、魔具になんの改造を施したか記憶している程度だろう。


「ていうか、いつも変な改造されるのエドガーだよね」

「俺達のは弄りにくいんじゃないか?」


 俺は剣型、マルティナは銃型、ヴィオラは杖型、そしてエドガーは本型。それぞれ戦闘スタイルに合わせて魔具を選択しており、俺とマルティナは強化術式を主に使うためそこまで大量のマナを使用しない。しかし後衛のエドガーは違う。毎回膨大な魔力とマナを使用するため、魔具の補助術式による効率化の効果が分かりやすいのだ。そして改造しやすい本型の魔具であることも含めいつも彼の餌食になっている。同じく後衛のヴィオラもいるが、なぜか彼女の魔具にはそこまで手を手を加えることはなかった。


「お前ら他人事みたいに言うけどな、知らない内に細かい仕様を変えられてみろよ。術式の構築がやたら早くなったり、異様に魔力を使うようになったり。考えたことあるか?」


 話している内に過去の所業を思い出してきたのか、エドガーの眉間の皺が深くなる。


「あと、変な改造した次の調整は滅茶苦茶調子良くなるのも腹立つ」

「何やってもムカついてんじゃん」


 俺達の会話の裏では魔石や魔具を漁る耳障りな音が響いていた。木箱の中の赤や青の魔石は研究室の照明の下で無機質な輝きを放つ。それらはダンテの手によって居る物とそうでない物に次々と分けられていった。

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