違法術師取締課②

静かな山間の道を、騒がしい音を立て帆馬車が走っていく。二頭の馬が八蹄の蹄で地を蹴るごとに砂埃が白煙のように舞い上がった。馬の後ろを追いかける質素な屋形には俺を含め、性別も年齢も違う四人が座る。

 車輪が石に乗り上げたのか屋形が大きく揺れる。弾みで木箱から押収した魔石が一つ零れ落ちた。床を転がり俺の隣に座る人物の足先で止まる。細い指がそれを拾い上げた。


「うわ、これ二等級魔石かよ」


 やや癖のある橙色の髪の少年、エドガーが言う。翠緑の大きな瞳は嫌悪と羨望が入り混じった複雑な眼差しで見つめていた。


「どこでこんな良い物仕入れてくるんだよ」


 エドガーの手の中では赤色の小さな石が日の光に反射し艶やかに輝いている。石は金色の装飾が施された枠に嵌められ、裏面には石の等級を著わす数字が彫られていた。違法に製造された魔石のため、本来ならあるはずの識別番号が書かれていない。俺はエドガーの手を覗き込む。


「試し打ちでもしてみるか?」

「ふざけんな。一度でもこれを使ったら違法者の仲間入りだってお前が分からない訳ないだろ、アイク」


 諌める様に俺の名を呼び、視線を魔石へと戻した。


「冗談だよ、冗談」


 俺が言うとエドガーは短くため息をつく。


「お前でもこんなくだらない事言うんだな」


 くだらない、と言われて少々気落ちする。

 彼はエドガー・ケンプフェル。齢十五、身長は俺の頭一つ程低く、幼さの残る顔立ちをした少年。しかし先程ロバートが逃亡しようとした際、一瞬で扉を凍り付かせた高位の魔法の使い手でもある。子供扱いするとものすごく怒られるのだが事実なので仕方がない。

 だが実力に年齢は関係なく、五級以上なら高位術師と呼ばれる術師資格の三級を持つ。過酷なこの術師達の世界で生きているためか、先ほどのようにエドガーには冗談が通じず、かつはっきりと物申してくる。それが彼の良い所でもあるのだが。

 エドガーは言葉を続ける。


「そもそも、魔石の等級は術師の能力に合わせて支給される事になってんだろ。自分の能力に見合わない魔石は……」

「事故や中毒の原因になる、だろ? 嫌って程聞いたよ」


 繰り返し聞かされてきた術師達の常識を俺は途中で遮る。言葉を中断されたエドガーは不服そうな表情を浮かべながらも俺の言葉に頷き同意した。


「こんなのは最初に習う基礎知識だ。等級が高ければ高いほどマナが逆流してくる量が多くなる。術式を制御できる実力がないとすぐ中毒になって最悪の場合死ぬ」


 まあ違法者にはお似合いの最期だけどな、と少年は続けるもその声色には寂寥感が帯びていた。


「でもさ」


 俺の正面から声がする。顔を向けるとマルティナが俺を見ていた。どうやら俺達の会話を聞いていたようだ。彼女の琥珀色の瞳が違法魔石に向けられた。


「これだけあったら一つくらいくすねて使ってもばれなさそうだよね」

「識別番号があるだろ」


 エドガーは苛立った様子で口を開き、眉間に刻まれた皺はさらに深くなる。


「冗談だよ、冗談」


 マルティナは俺の言葉を真似て答える。楽しそうな彼女とは反対にエドガーは深いため息をついた。


「マルティナならやりかねないんだよな」

「それはどうも」


 エドガーからの信頼の言葉に眼を細めせせら笑う。

 マルティナ・ティンバーズ、銃と短剣の使い手であり、いくつもの狙撃術式を使いこなす三級術師だ。腰まで届く深紅の髪とロングコートが特徴的である。コートの下は黒のチューブトップとショートパンツのみ。コートのボタンは一切留めていないため正面から見ると非常に露出の高い服装となっていた。本人は動きやすいからと言っていたが目のやり場に困る事が多々ある。まあ俺と同じ近接戦を得意とするため機動力に重点を置く気持ちは分かる。そういう事にしよう。


「まさか使ったことないよな?」


 エドガーはマルティナに疑いの眼を向ける。彼女は「使うわけないでしょ」と即答した。


「安全基準満たしてるかどうかも分からない魔石なんて使う気にならないよ」

「世の中にはそうは思わない奴が大勢いるんだよ」


 そう言ってエドガーは違法魔石を木箱に投げ戻す。木箱からは乱雑に入れられた魔具や魔石が恨めしそうにこちらを覗いていた。


「まあ、そういうのが勝手に増えてくから仕事には困んないんだけどね」

「本当はない方が良いんだけどな」


 マルティナの言葉に俺は苦々しく笑みを浮かべる。俺達の仕事が増えるという事は、治安の悪化を意味するからだ。

 術師協会所属違法術師取締課『グラウス』。それが俺達の所属する組織の名前だった。

 違法者達を根絶やしにするべく、一年程前にこの組織は生まれた。天下の術師協会直属組織だけあって募った人材も一流、設備も最先端。設立一年というわずかな期間にも関わらず各国で目覚ましい活躍を遂げ、世界に名を轟かせた。

 俺達が所属する執行部は全四班からなり、ひと班四人で構成される。

 しかし実力重視で集められたため年齢、性別、国籍、すべて不揃いであった。そのため赴任地では本当にあの術師協会が派遣した者なのかと疑われる事は多々ある。


 それもこれも俺なんかが班長を勤めるせいだろう。マルティナの後ろの小窓に俺の顔が映る。茶色の髪とフォリシア人に多い青色の瞳の見慣れた顔だ。母親譲りの顔立ちは年齢より下に見られがちで、よく「優しそう」という威厳も何もない評価をされる。一応二級術師資格を持っているがこの顔立ちのせいか犯罪者達から舐められる事が多い。見た目で判断する方がもちろん悪いのだが、俺のついでに不当な評価をされる班員達にただ申し訳なかった。


「また暗い顔してる」


 マルティナの声で思考を遮られる。顔を上げるとエドガーも訝しげな表情でこちらを覗き込んでいた。


「次は何で落ち込んでたんだ?」

「別に、そんな事ないよ」


 取り繕いの言葉にエドガーとマルティナは顔を見合わせた。そして合わせた訳でもないため息が二人の口から同時に吐き出される。


「嘘だな」

「嘘でしょ」


 見事な二重奏に思わず苦鳴が漏れた。普段はぶつかる事の多い二人だが、こういう時には無駄に綺麗に揃う。


「顔にすぐ出るの、もっと自覚した方が良いぞ」

「そうかな……」


 そんな分かりやすいものなのか。自分の頬を触り表情筋を確認するがいまいち分からない。


「本当、うちの班長は戦闘と訓練時以外は別人みたいだよね」

「普段は面倒なくらい自己評価低いくせにな」

「二人してなんだよ」


 困った事に彼らの言い分が理解できない。マルティナは目を細め俺を見た。


「ギャップの話してるの。さっきなんて容赦なく打ちのめしてたくせに」

「ほとんどアイクが片付けたしな。おかげで俺達は消化不良だよ」

「いや、でも、皆が待機してくれてたから安心して戦えてた訳だし」


 俺は班員それぞれを見る。


「マルティナには安心して背中を預けられる。エドガーの魔法は援護と攻撃の使い分けが完璧だし、ヴィオラの支援と回復にはいつも助けられてるよ」


 不甲斐ない班長だからこそ、優秀な班員達には頭が上がらない。


「あたし達が言いたい事はそうじゃないんだけど」


 呆れ声で呟いたマルティナは同意を求め、隣に座る少女に言葉を投げかける。


「ヴィオラもなんか言ってやって」


 本を読む事を中断し、ヴィオラ・フィオーレは前を向いた。

 小さな鼻に新雪の様に白い肌、ウェーブのかかった金色の髪、美しく整ったその顔立ちは名手による至高の彫刻と例えても過言ではない。物静かで滅多に感情を露わにしないが、それが彼女に幻想的な印象を与えていた。彼女は三級医術師兼、四級術師としてこの班に参加してる。何かと怪我の多いこの仕事、彼女の高位回復魔法なしにはやっていけない。

 ヴィオラの紫の瞳が俺を見る。


「怪我なら治すわよ」


 ヴィオラの声帯から鈴の音のような透き通った声が発せられる。しかしよくよく考えれば的から外れた回答にエドガーは「そう言う事じゃないだろ……」と小さく呟いた。

 馬車の揺れが小さくなる。いつの間にか荒い田舎道から舗装されたレンガ道に変わっていた。グラウス本部ももうすぐだろう。

 ヴィオラはこれ以上読書を続けるのは不可能だと判断したのか読んでいた本を閉じ再び口を開く。


「本部に着いたらどうするの?」

「とりあえず回収した魔石とかを一通り調べたいから技術部に届けて欲しいって」


 俺の言葉に全員が苦虫を噛み潰したような、あからさまに嫌な顔をした。普段無表情のヴィオラでさえ眉を顰めている。


「うわっあの変人の所に行くのかよ」

「嫌なのは分かるけど、ほら、技術部は皆の魔具の整備だってしてくれてるんだから」


 変人、というのは否定せずエドガーをたしなめる。多分技術部といって思い浮かべる者は皆同じなのだろう。それだけ強烈な人物であって、こうして話している最中にもあの研究者が脳裏に浮かぶ。


「その整備が問題なんだろ。この前だって」


 エドガーの言葉にあの痛ましい事件を思い出し右腕をさする。傷は完治し痕も残っていないのだが何故か急に痛み出した気がした。

 馬の鳴き声と共に馬車の速度が落ちていく。小窓から外を覗うと、厳格な灰色の塀とその後ろにそびえ立つ背の高い建物が見えた。

 ここはグラウス本部。

 俺達の帰還を腕を広げ歓迎するかの様に門が左右に開かれていった。

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