女神の御許⑦
「ここが一件目の殺人の起こった場所」
礼拝堂内でエドガーが呟く。
現在は二人一組で捜査中であり、マルティナとヴィオラは二件目の殺人が起こった場所にいる。
「二十二時、見回りの者が不審な音を聞き、駆けつけた所ベルニーニ司教の遺体を発見」
俺は事件の概要を呟きながら上を見る。ステンドグラスの一部が割れたままになっていた。血痕などは綺麗になっているがこちらは特注品のため、修理はまだ間に合わないらしい。俺は続ける。
「何らかの術式で吹き飛ばされ、ここで息を引き取っている」
「その前に見たって影も、方向から察するに件の違法術師で間違いねーだろうな」
エドガーの言葉に頷く。
「でも、そこから犯人の特定は難しいだろうな」
ベルニーニ司教が発見された場所に目を向ける。遺体の写真を思い出したエドガーが嫌な顔をした。
「遺体は激しく損傷した状態だったと。実践から離れていたとはいえ二人とも二級の高位術師だぞ?」
「だからこそ反撃を恐れて人のいない深夜と早朝の不意打ちだと思うんだけど」
「そうだけど……」
エドガーは同意するも、口を曲げ引っかかりの残る表情を浮かべる。
「聖誕祭の中止を訴えるのにわざわざ司教以上を狙うのは回りくどくねーか? 教会や住民に危害が及んだ方が早い気がする」
「言い方は置いといて、それはその通りだと思う」
エドガーの言葉は物騒だがもっともな意見だった。そうした方が世間の目もあり聖誕祭を中止せざるを得なくなるだろう。
「遺体に残されたメッセージから異教徒だと推測してるだけにすぎない。別の線も考えていこう」
ここで得られる物はないため外に出る。教会の人払いのお陰で、相変わらずここは閑散としていた。エドガーが辺りを見渡す。
「犯行が深夜だけあって目撃者もいない。一応被害者の人となりも調べたけど特別恨まれている様子もない。思った以上に面倒だな」
「警備隊に協力してもらって事件前からここに滞在してる人を調べているけどこっちはまだ時間がかかる」
俺の言葉にエドガーが腕を組み考え込む。そして思い付いたのか顔を上げ、口を開いた。
「入国時の魔石のチェックは?」
「こんなの対して当てにならないのは分かってるだろ」
「……対策もなしに通過しようとする奴は相当な間抜けだろうからな」
エドガーが再び頭を垂れる。違法者達は大体何かしらの手段を用い、入国時の検査を通過する。この国に違法な入国ルートが存在するかもしれないが、それはうちの諜報科が調べているだろう。
「犯人捜しに潜伏先探し、やる事が山積みだな」
俺達の状況を確認したエドガーが嫌そうに呟いた。やる事は多いが実際は何一つ進んでいない。
「情報なら市街地で聞き込みしてるマルティナとヴィオラの方に期待しよう」
俺の言葉にエドガーも頷いた。
「こっちは目撃者もいない。というかどうやって教会に侵入したんだよ」
夜には教会の門は施錠され、その前に警備が立つ。さらに教会を囲う壁には探知術式が作動しそこからの侵入も許さない。念のため確認したが、事件の日に探知術式が解除された痕も無理やり突破されたような事もなかった。そうなると元々内部にいたか高位の術師ということになる。
考えていると、一人の修道女がこちらを見ていた。やはり術師協会の人間は珍しいのだろうか。
小走りでこちらに近付いてきた。
「お兄さん達が術師協会から来たって人ですよね?」
女性はそう訊ねる。朝の事もあってなんとなく警戒してしまう。また質問攻めに合うのは遠慮したい。
「そうですけど、何か御用でも?」
俺が答えると、女性はきょろきょろと辺りを見渡した。そして首を傾げ何か考えたあと再び俺を見る。
「ジョエル君が協力してるって聞いたんですけど一緒じゃないんですか?」
意外な名に驚いた。彼女の興味は俺達ではなく彼に向けたものだった。というか、もうそんな情報が広まってるのか。朝食堂で少し話しただけなのに早すぎる。
「朝会ってから見てないですね」
真実を伝えると修道女は眉を下げあからさまにがっかりとした。
「なんだぁ。せっかくジョエル君と喋れると思ったのに」
「なにか情報をお持ちなんですか?」
「うーん、まあ、ありますけど……」
修道女はしばしの間考え、言いにくそうに口ごもる。
「話す口実になると思ったから大した情報じゃないんですよね」
「どんな情報でも良いですよ」
彼女が安心できるよう俺は笑って見せる。今は少しの情報でもありがたい。じゃあ、と修道女は口を開く
「えっと、教会って色んな手紙届くじゃないですか。大司教様が亡くなる前の日、私があの方に手紙を届けたんですよ」
修道女はこめかみに手を添え、当時の様子を思い出しながら話す。
「それで、その中でも覚えてるものがあって……」
「なにか特徴的だったんですか?」
俺の言葉に彼女は頷いた。
「送り主の名前がなかったんです。切手と大司教様の名前だけで」
「そんな手紙が……」
「名前のない手紙なんてよくあるんですけどね。でも事件の前の日のことだからちょっと気になって」
彼女の言う通りそんな手紙はいくらでもある。しかし前日の出来事だ。気に留めておこう。
「こんなんで良いですか?」
「はい、助かります」
礼を言うと先程までの不安気な顔とは一転し笑顔が浮かんだ。
「やった! ジョエル君に私が話したって言ってくださいね!」
彼女は飛ぶように軽やかに走り仕事に戻って行った。横で会話を聞いていたエドガーが俺を見る。
「お前、名前聞いてないよな?」
「そういえばそうだ」
あの口ぶりだとジョエルと面識があるとは思えなかった。彼の人目を惹く容姿を思い出すと、女性から一方的に好意を寄せられるのも分からなくはない。
「名前でも聞いとくか?」
エドガーの言う通り追いかけようか。情報を貰っておいて約束を果たせないのは申し訳ない。しかしエドガーは他人事なので提案はしたが行く気はないらしい。外から礼拝堂を見て、何か考えていた。
「やるだけ時間の無駄だぞ」
歩き出そうとすると、後ろから声がして止まる。振り返るとジョエルがこちらに向かって歩いてきていた。
「今の聞いてたのか? 出てくれば良かったのに」
「絶対面倒な事になるだろ」
ジョエルはそう言って冷たい目を向ける。
「じゃあ、今までどこにいたんだ?」
「すぐ近くでサボってた。そしたらお前らが見えたから進んでるかどうか冷やかしてやろうと思ってな」
「心配ありがとう、全然だよ」
「そりゃ残念」
ジョエルは顎を挙げせせら笑った。彼の美貌の前では、人を馬鹿にする動作も無駄に優雅なものに見えてしまう。
「自分はなんもしてねーのによく言うよ」
「じゃあ、お前の大好きな仕事の話でもするか」
エドガーが指摘すると、皮肉めいた口調でジョエルは言う。俺に向かって何かを投げた。俺の上を通過しようとするそれを、左手を掲げなんとか掴み取る。手には古びた鍵が納まっていた。
「頼まれてた部屋、準備してやったから。食堂のある棟の一階奥」
「ああ、ありがとう」
調査をまとめるのに部屋がないと何かと不便だ。そのためジョエルに個室を貸して貰えるよう頼んでいた。しかし彼との出会い方もあり、しばらく時間がかかるかと思ったが予想以上に仕事が速く内心驚いていた。
「いつもこんな面倒な事件相手にしてんのか?」
「いや、今回は珍しいケースだ。潜伏先に行って捕まえる方が多いよ」
今まで担当した事件を思い出し続ける。
「素直に降伏する奴なんていないしほとんど戦闘になる」
魔具や魔石の違法業者に凶悪犯の検挙。俺達が担当するのは大体その場に行って制圧して帰ってくるものばかりだ。こう考えるのは良くない事だと思っているが、やはりその方が楽だと感じてしまう。
「術師も大変だな」
「ジョエルだって教会にいるなら術師免許は持ってるはずだろ」
「持ってるだけだよ」
ジョエルは肩を竦めてみせる。実際そういう人物は多い。魔具技師など術師資格が必須だか技能までは求められていない。魔法は魔具による技術で生活に用いる方が多く、戦闘のために使う俺達がごく一部の人間なのだ。
「じゃ、頑張れよ」
「もう行くのか?」
去ろうとするジョエルを引き留める。
「用もないだろ」
「できれば、教会内を案内してもらえるとありがたい。来たばかりで何も分からないんだ」
俺の言葉に彼は顔をしかめた。この広い敷地の案内となると面倒なのも分からなくはない。だからこそ案内が必要であり、そこで頼れるのがジョエルしかいなかった。というか、サボってるならこれくらいしても良いんじゃないか?
ジョエルは俺の顔をまじまじと見る。同性とはいえ、そんなに見られると少し恥ずかしい。「だめか?」と訊ねると、ジョエルはため息をついた。
「別に良いけど、俺といると碌なことねーぞ」
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