女神の御許⑤
教会の外に出ると既に日は傾き、黒ずんだ雲の堆積の間に夕日の一点の紅が沈んでいた。教会の公開時間は過ぎており敷地内に礼拝者の姿は見られない。遠くの道では修道女達が談笑しながら歩いていた。
あちらこちらで教会を閉める準備を始めており、それに伴い武装した者が入り口の警備に就き周囲を警戒する。
「あのクソ爺が、面倒事押し付けやがって」
大きなため息と共にジョエルは悪態を吐く。
「優しそうな人だったね」
「優しそう、な」
皮肉を含んだ口調でマルティナの言葉を繰り返す。
確かにあの見せ付けるように貴重品の置かれた煌びやかな部屋を思い出すと、印象とは相違しない部分もあるのだろうと考えてしまう。
「にしても派遣されて来たって、あの術師協会からかよ」
どこかの私兵かと思った、と言葉を続けエドガーを見た。エドガーは眉を顰める。
「なんだよ」
「別に? 誰もが恐れるあの組織にこんなガキがいるんだと驚いてるだけだよ」
その言葉にエドガーはジョエルを睨み付けた。一方ジョエルは口の端を上げその様子を見る。わざと挑発し反応を楽しんでいた。最初と言い相当意地が悪い性格のようだ。
ここでエドガーが激怒してしまえば彼の思う壺。手が出る前に、俺が変わりに口を開く。
「エドガーは誰よりも優秀な術師だ。それに優劣に年齢は関係ない」
「それは悪かったな」
口だけの謝罪。ジョエルは喉を鳴らして猫のように笑った。これから協力していく相手がこうでは先が思いやられる。
「そもそも、あんな所でサボってた奴にどうこう言われたくねーな」
エドガーが不機嫌な表情のまま腕を組む。先程は言い返す機会を失ったが、馬鹿にされたままではいられないのだろう。
「あんな所って失礼だな。由緒正しい教会の施設を」
「だって、一件目の遺体が見つかったのってあそこだろ」
その指摘にジョエルは「少しは頭が回るんだな」と呟く。嘲るような眼差しは変わらない。
聖誕祭前で賑わう教会の一部がなぜあんなにも閑散としていたのか。アルトゥーロ大司教から事件の概要を聞いた今、理由はそれしか思い浮かばない。俺達はこっちの道だと案内され辿りついたが、礼拝者達は別の道へと誘導される。礼拝者がいないのであれば当然神父もいない。そもそも関係者は大司教が殺された場所など用がなければ近付きもしないだろう。
「よくそんな所で眠れるな」
俺はジョエルの神経の図太さに逆に感心した。
「別に今はもう全部片付けられてるだろ。教会の隠蔽体質のお陰で血痕すらない」
ジョエルはわざとらしく肩をすくめて見せる。
それはそうだが世の中にはそれを良しとしない人間の方が圧倒的に多い。俺だって荒事に慣れているとはいえ、自らそういった場所を選択するのは気が引ける。
「まあ、そのせいで俺は面倒事を押し付けられたけどな」
自業自得という言葉が出かかるがそのまま飲み込んだ。
「期待されても困るから言っておくけど、捜査に協力つっても俺は簡単な案内くらいしかできねーからな」
「分かってるよ」
ここまでのやり取りで、彼が仕事に積極的ではない事がよく分かった。教会との窓口にさえなればそれでいい。
俺はジョエルの前に右手を差し出す。彼は視線だけ動かしそれを見た。
「俺はアイク・ワイアット。しばらくの間よろしくな」
「……ジョエル・クローゼル」
短い沈黙の後、彼はただそう名乗る。
ジョエルは俺の手には見向きもせず、そのまま左を向く。「宿舎まで案内する」と呟き歩き出した。俺達もそれに続く。
「まあ、精々返り討ちに合わないよう頑張れよ」
軽薄な挑発を繰り返す口には、張り付いたような笑みが戻っていた。
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