女神の御許⑫

 言葉の後、再び魔法が俺へと迫る。剣を立てそれを受ける。金属のぶつかり合う耳障りな音を立て、斜め前の地面へ槍が突き刺さった。『槍弩ザギッタ』、一般的な狙撃術式だ。暗闇の中だが何とか目視出来る。

 続けて二発、三発。手首を返し打ち落とす。どうやら『鋼鉄穿呀砲グロブス』のような高位術式は連発出来ないらしい。

 俺に攻撃が集中している間に何とかジョエルだけでも逃げられないものか。彼に目を向けると、俺達が歩いてきた道の遥か後方を見ていた。


 視線の先には人が立っていた。マントに覆われ体形はよく分からない。周りの木の高さから判断すると身長はそんなに高くない。フードを目深く被り唯一見えるのは口元だけ。フードの間からは金色の長い髪が左右に垂れる。

 危険。直感がそう訴えている。


「ジョエル。どこか木の影にでも隠れて、隙を見て逃げろ」


 相手に気付かれないよう声を絞り伝える。狙撃術式だけなら良いが、二人を相手にして間近にいる彼を無傷で守りきれる自信はない。隣は林、遮蔽物はいくらでもある。木々に紛れそのまま逃げ出す事も可能だ。

 風にマントがはためき、両腕にある何かが月明かりに反射した。刃物であると理解すると同時に、その人影が揺れる。


「早く!」


 ジョエルへ行動を促した瞬間、対峙する人物は走行を開始。ジョエルは狙撃手とは反対の茂みへと走る。彼を逃がすまいと、その背中に槍の群れが殺到。


 残らず叩き落しているとマントの人物が目前へと迫った。疾駆から跳躍へ変化、両腕を振りかぶる。長い袖から覗くのは腕ではなく剣だった。

 横に飛び斬撃を回避。そのまま反転し俺の横を過ぎる背中へ斬りかかる。が、浮いたまま半回転、逆さの状態で剣を受け止め後方へ飛んでいった。


 着地すると助走も付けずに再び飛び掛る。回避する間もないため剣を横に構え両腕の刃を受け止めた。

 重い斬撃を受け止めきれずに踵が地面を削っていく。膝が沈みきる前に『強法スティル』を発動。筋力が強化され、なんとか刃を押し返した。


 即座に体勢立て直したマントの人物が右腕を振る。剣を立て受け流すも挟むように左腕が向かってくる。俺に到達する前に右足で刃の側面を蹴り上げ無理矢理軌道を逸らす。

 足を振り上げた勢いのまま左足を軸にその場で旋廻。遠心力を乗せた剣でなぎ払う。が、相手は両刃で受けきった。金属が擦れ合い火花を散らす。


 俺の剣を弾き、再び刃が俺を狙う。

 数多の斬撃を避け、受け流していく。動きは早くないが、とにかく一撃一撃が重い。こっちは強化術式を使ったにも関わらず、刃を受けた手が僅かに痺れている。


 突如マントの人物の目前に赤い術式が浮かんだ。式の構築が早すぎる!

 咄嗟に横へ回避。直後、直線状に炎が波濤となって押し寄せた。こちらに届く前に地を蹴り後ろへ。熱気が掠めただけで皮膚が爛れ激痛が走る。

 ようやく炎が弱まると、地面の一部は融解し、赤黒く煮だっていた。


 使ったのはおそらく『火竜灼吼フランマ』の術式。金属をも溶かす高熱の炎は、魔具による魔法への耐性があろうが少しでも触れたら危険だ。

 嫌な予感。さらに後ろへ退避すると再び『鋼鉄穿呀砲グロブス』の砲弾が通り過ぎて行く。密着している間は狙撃してこないと思っていたが、やはり高位術式をぶち込む機会を伺っていたか。


 狙撃手は高位術式を使ってくるとは言え魔法の精度、発動間隔から考えると戦闘に慣れているとは言い難い。しかし、目前の相手の援護をされるとなると非常に厄介だった。


 なら、俺がとるべき行動は一つ。


 斜め上へ跳躍。木の幹を蹴りそこから水平回転。さらに左腕に『強法スティル』を二重発動、上からマントの人物へと強襲する。

 渾身の振り下ろし。俺の剣を受け止めるも膝が折れ体勢が大きく崩れる。多重の強化術式の発動に骨が軋むがどうでも良い!

 そのまま横回転、首と思われる場所を切り払う。右手の刃で受け止められるも難なく弾いた。着地し放った下段斬りも左で止められる。が、その直後刀身に隠れていた俺の右拳がマントの人物の顎を跳ね上げる。僅かに体が浮いた所に上段回し蹴り。マントの人物を横に飛ばす。


 目だけ動かし周囲を確認。ジョエルは無事先に逃げた様だ。俺も前を向き、走り出す。


 俺が取るべき行動。それはこの場から逃げる事!

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