天上への祈り③*
太陽が高く輝き、暖かい光が木々の間から降り注ぐ。空は澄み切った青色で一変の雲も見当たらない。東から吹く穏やかな風が草木の葉を優しく揺らしていた。
石造りの建物の庭で茶髪の女性が洗濯物を干していた。木と木の間に結びつけられた紐には次々と子供用の服がかけられていく。隣の建物の中からは子供の高い笑い声や走り回る音。女性は時折窓から中の様子を伺い、顔を綻ばせた。
洗濯物を広げていると、遠くに幼い少年が見えた。こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。烏の濡れ羽色の髪と琥珀色の大きな瞳、遠目で見てもその端正な顔立ちは際立っていた。しかし、服は砂で汚れ、体の至る所に擦り傷も見られる。女性はため息を付き少年へと歩み寄った。
「ジョエル、また喧嘩したの?」
少年は目を逸らし口を噤む。長い睫毛に縁取られた目は涙が浮かび、瞳が潤んでいた。
ジョエルは人目を惹く容姿から何かと目立ち、それを良く思わない街の子供たちから疎まれ苛められていた。
だが最近は何を言われても相手にしなくなり、喧嘩をして帰ってくることはなくなったのに。女性は疑問に思う。
「なに言われても放っておきなさいって言ったでしょ?」
「だってあいつら、俺じゃなくて、みんなのこと悪く言ったから」
少年は俯き反論した。堪えきれず瞳からは大粒の涙が零れ、地面を濡らしていく。
「親がいないやつらは幸せになれないって」
背中が震え、嗚咽が漏れる。女性は静かに子供を抱きしめた。
ただジョエルを嘲弄しただけでは相手にされないと気が付き、彼が看過することが出来ない言葉で挑発したのだろう。
この子はいつもそう。正義感が強く、人のために怒れる子供だった。
「あんたは本当に優しい子だね」
少年は女性のエプロンを掴み、顔を埋める。
「どうして仲良くできないんだろう」
消えそうな声で言葉を続ける。
「親がいないのって悪いことなの?」
悪意から生まれた疑問が二人の間で溶けていく。女性は「そんなことないよ」と言うも、全て否定する事が出来なかった。
ここでは生きていく事は出来る。しかしそれだけしか出来ない。十分な教育は与えられず資源も限られる。この国で普通に生まれた子供達と比べ、彼らは苦難を抱えて生まれてきた。
女性は困ったように笑い少年の頭を撫でた。
「自分を傷付ける奴の相手なんてする必要ないんだよ。ジョエルは、あんたのことを大切にしてくれる人を大事にしなさい」
「エリノアのはなし、よくわからない」
少年は顔を上げ疑問を浮かべる。その様子に優しく微笑んだ。
「ジョエルはここの皆が好き?」
「……だいすき」
「じゃあジョエルは今のままで良いんだよ」
少年は頷き、彼女から離れると涙で濡れた頬を服の袖で拭った。
生まれは関係ない、皆幸せになる権利はある。優しいこの子もきっと幸せになれる。
彼女が子供達から幸せを与えられたように、彼らもいつか自分にとっての幸福を見つけるのだろう。
ジョエルが預けられた時の事を思い出す。船の乗組員達は、この子の母親は朦朧とする意識の中で、何度も子供の無事を祈っていたと言う。命を削った過酷な旅路も、生まれてくる子供のためを思ってのものだった。
彼は確かに幸せになる事を願われて生まれてきた。そして、愛されて育った。
これから訪れるであろう数多の苦難を杞憂に思いながらも、それでも彼女は祈っていた。
どうか、彼に幸福があらんことを。
二章 祈りの残滓 了
悪い魔法使いを捕まえるお仕事 中谷誠 @nktn2525
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