女神の御許②
客室の扉を潜ると、透き通るように青みを帯びた空が目に移る。太陽は既に西の空に傾きかけているも赫々と照らし、眩しさに思わず目を細めた。
桟橋を渡りルークス教国へ足を踏み入れる。
ルークス教国へは航路を使用した。ここは一部のマナ濃度が異常に濃いため転移通路が置けないらしい。
港から街へと続く大きな合金製の門の先には城の様な教会の頭が見えた。観光客、乗務員で溢れる港を通り抜け、入国手続きを行うため門の手前にある入国管理局へと向かう。管理官へ旅券を提出した後、それぞれ魔具、魔石の検査を受ける。
自分の魔具である剣を提出すると、管理官は剣の柄に組み込まれた魔石部分へ向け検査用の術式を作動させた。識別番号、等級、取得資格が浮かび上がりそれらを一つ一つ確認していく。
「これ、改造していますよね?」
エドガーの魔具を検査していた若い管理官が指弾の声を上げた。エドガーは退屈な表情のまま、外套の内側から手帳を出し管理管へ見せる。
責める様な目を向けていた管理管の表情が一変し、慌てて魔具を返却した。
「どうぞお通りください」
エドガーは軽く会釈し魔具を受け取った。
全員の検査が終わり、いよいよ町へと入る。後ろでは先程の管理官達が小声で俺達の事を話していた。会話までは聞こえないが大体予想できる。エドガーがため息を吐く。
「毎度の事だけど、入国審査も術師協会の手帳を見せただけでクリア」
コートに革紐で固定された本型の魔具に視線を向けた。
「さらに魔具の改造もお咎めなし。術師協会の権力は味方になると頼もしいな」
俺が見ただけでは改造が施されているとは気が付かない。だがエドガーが言うには分かる奴には分かるらしい。魔具の改造はつい先日の出来事のように重大な事件を起こしかねないため基本的に禁止されているが、例外が俺達である。
「というかそれ、まだ改造したままなの?」
マルティナの問いに、不安を残す表情でエドガーが答える。
「何度も調節はしてるから前みたいな大惨事にはならないと思う」
大丈夫なのだろうか。だが前回の任務で暴発事故は起こっていないため、彼の言葉を信じるしかない。
「腹立つけど、魔具技師としてはあいつ以上のやつをみたことねーんだよな」
「そうなんだよね……」
マルティナも不服そうに呟いた。確かに彼は勝手に改造をしなければ誰よりも的確で繊細な仕事をする。まあ、その腕の良さは魔具の事を一番に考える破綻者だからこそかもしれないが。
「この間の変な改造の後、何回か立ち会って調節してるけど魔具の性能が格段に良くなってんだよな」
「なにか問題でもあるのか?」
良いことだが、エドガーはまだ不満があるようだった。
「もし帝国に戻ったとして、この魔具が使えなくなると思ったらな……」
今は術師協会の権限で改造の施された魔具を使用できている。しかし軍に戻るのならそれは剥奪され魔具も通常の物に戻ってしまう。エドガーの言う通り、この繊細に調整されたこの魔具を手放すのは考えられないし考えたくもない。
改造を施した人物の性格には不安しかないが腕だけは信用できる。床に落ちていた人物とは思えない。
話しながら街を進んで行く。
「なんというか、それっぽくないね」
通りを見ていたマルティナが言う。
「大司教が殺されたって言うから、もっと渡航とか制限してると思ったんだけど」
大通りは観光客と思われる通行人で溢れていた。道の左右には出店が並び、陽気な掛け声がこちらまで届いている。
違法術師が出たからと言って町の活気は消えない。むしろ、聖誕祭前だけあって賑わっていた。
ルークス教国、宗教にあまり関心のない俺には馴染のない国である。
ここは教皇エヴェリーナによって統治されるヴァナディース教会の中心地、いわば総本山である。人口はおよそ十万人の小さな都市国家。国土のほとんどは木々で覆われ、港から切り開いた僅かな土地で人々は生活している。
さらに俺は事前に貰った資料の記憶を辿った。ルークス教国は一切の軍事力を保持せず、警備はほぼ外部からの傭兵に任せている。一応教会内にも警備を担当する部署はあるが、国の規模から他国と比べると一回りも二回りも劣る。俺たちが介入する理由の一つでもある。
産業活動もほとんどなく、信徒からの募金や教会付近の資料館への入場料、観光収入に頼るこの国はお世辞にも強国とは言えない。しかしアウルムやイスベルク等の名だたる強国の中に名を連ねているのも世界宗教であるヴァナディース教会の力あっての事だろう。
「港も特に厳重な関門を置いているわけでもなかったわね」
ヴィオラが入国時の様子を指摘した。
「それは多分……」
俺の言葉を遮り前方から悲鳴が聞こえる。視線を向けると一人の男がこちらへ走ってくるのが見えた。
「誰か! 財布を取られたの!」
男の奥で女性が叫ぶ。
「さっそく面倒事かよ」
エドガーが呟くのと同時に一歩前に出る。俺が立ち塞がるのが見えたのか、男は懐からナイフを取り出した。悲鳴と共に周囲の観光客が逃げていく。
目前まで迫った男は俺に向かってナイフを突き出した。俺に刃先が届く前に男の腕に左手を添え受け流す。そのまま腕を掴み背負い投げの動作へ。背中から地面へ叩きつける。男は激しく噎せ込み、痛みから身を縮めた。
ナイフと盗った物を回収、遅れて駆け付けた警備隊が男を取り押さえていた。警備隊にその二つを預けていると、息を切らしながら被害者の女性がやってくる。
「あの、ありがとうございます。なにかお礼を……」
お気になさらず、と申し出を断る。
「お兄さん強いね」
右から男の声。声をかけられた方を向くと出店の店主が商品の置かれたカウンター越しにこちらを見ていた。
「聖誕祭前になると人も多くなるけど、観光客を狙ってこういった輩も増えるんだよ。その分傭兵も沢山雇うんだけどね」
店主の視線が俺の脚から顔まで移動した後、奥の三人へ向かう。
「もしかして、お兄さん達もそうかい?」
一人一人確認した店主の声には疑問が残る。年齢も性別も違う四人組。一見観光客に見えなくもない。しかしそれぞれ魔具を所持しており、俺は剣、マルティナに至っては銃型魔具と弾薬が外套の内側に見える。俺は思わず苦々しく笑みを浮かべた。相変わらず俺達はそれらしく見られない。
「そんな感じですね」
身分を明かす事は禁じられていないが、ここで明かす必要もないのではぐらかす。
「ところで、教会へ行くにはこちらの道で合っていますか?」
「ああ、大丈夫だよ。中央に向かって歩けば教会のどこかの入口に着くからね」
礼を言い、前を向く。
正面には石造りの巨大な教会が町の中心に堂々とそびえ立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます