剣と血の祝祭⑦

 古いランプの柔らかな光が店内を包む。古びたテーブルや年季の入ったカウンタースツールが時代の流れを静かに物語っていた。

 ここは通りから外れた飲食店だがそこそこ人が入っていた。忙しない厨房からは食欲をそそる匂いが漂ってくる。


「それで、子供と遊んできたわけ?」


 昼間の経緯を聞いてマルティナは笑う。

 俺とマルティナは見回りもかねて夜の街に出ていた。丁度夕食時でもあり、せっかくなので以前教えてもらった飲食店へと足を運ぶ。料理を注文し、待ってる間に昼間の出来事を話していた。


「大変だったんだぞ」

「ごめんごめん。今まで仕事中に子供の相手をするなんてなかったでしょ」


 そう言われるとまるで仕事をサボっていたみたいだ。いや、実際そうか。仕事を抜け出して子供と遊んでいたことに変わりない。今になって罪悪感が込み上げてくる。

 目の前に座るマルティナは頬杖を付き俺を見つめた。


「たまには良いんじゃない? 息抜きだと思えばさ」

「でも、穴を空けたのには変わりないだろ」


 すぐ帰ってくるつもりだったがいつの間にか半日も班長不在にしてしまった。もし本部から連絡が来ていたらなんと説明していたのだろう。子供の相手をしているなんて口が裂けても言えない。彼女の俺を見る目が細くなる。


「本当に真面目だよね。アイクもスヴェンくらい手抜いていいのに」

「あいつは別だろ」


 スヴェンと引き合いに出され眉を顰める。少し心外だった。


「まあ特に進展もなかったから気にする必要ないって」


 マルティナはそう言うも、俺は内心焦っていた。少しずつ絞り込めてはいるが大きな進展はない。ルークスに来て四日目、聖誕祭は二週間後に迫る。


「マルティナはこの事件どう思う?」

「どう思うって……」


 彼女は腕を組み考える。結論が出るのは早かった。


「まあ、十中八九異教徒絡みじゃないだろうね」


 その言葉に頷く。俺も同じ考えだ。


「聖誕祭を中止させたいというのなら静かすぎる」

「そうなんだよね。あまりにも街に影響がない。大司教を殺すより街や教徒達を人質に取る方が手っ取り早いのに」


 その発言は物騒だが、マルティナの言っていることはもっともだった。教会には特に脅迫状なども届いていない。つい先日オートマタに襲われたが、二人目が殺されてから特に被害はないと言える。


「死体がどんどん出てこられても困るけどね」

「確かにな」


 会話が途切れたタイミングで料理が運ばれてくる。マルティナの前にバジルソースのパスタ、俺の前には大盛りの海鮮パスタ、机の中央にトマトのピザが置かれた。取り皿を二枚置いて去っていく。マルティナが無言でピザを俺の方に寄せた。店員が気を使っくれたのだろうが、残念ながら全部俺が食べる。


 マルティナがフォークにパスタを絡め口に運ぶ。飲み込むと俺を見た。


「こんな店よく見つけたね」


 確かに店の外見は民家に紛れ飲食店と分かりにくい。客層も観光客より地元民や警備隊に属する傭兵らしき者が多かった。そのためかこの店には酒が置いてある。メニューにそれを見付け、頼もうとしたマルティナを止めたのがつい先程の出来事だ。


「ジョエルから教えてもらって」

「そうなんだ」


 あまり興味がなさそうだった。軽く流し食事を再開する。彼女は優しいようで他人に冷たい。俺も三口程食べた所でジョエルの言っていたことを思い出した。


「あと、近くに賭場もあるらしい」

「えっ本当?」


 マルティナがパスタを巻いていた手を止め俺を見た。瞳は爛々と輝いている。


「だめだぞ」


 行きたいと言い出す前に牽制する。


「オリヴィアが追放される原因になった所でしょ? 気にならない?」

「……それでもだめ」


 グラウス医療部に勤務する元司祭のオリヴィア。彼女が賭博にのめり込むきっかけとなった場所が気にならないと言ったら嘘になるが、とにかく仕事で来てるのだから行くわけにはいかない。マルティナは口を尖らせた。


「本っ当に真面目なんだから」


 本日二回目の単語に俺は顔をしかめる。


「真面目真面目ってそれ、褒めてないだろ」

「もちろん」


 即答だった。


「だってアイク休んでる? ずっと仕事のこと考えてるでしょ?」

「それは……」


 マルティナの言う通りのため言葉に詰まる。何も言い返せない。フォークを持ったまま固まる俺に彼女は短く息をついた。


「焦っても仕方ないでしょ。休む時は休まないと」


 ね? とマルティナは諭すように笑う。

 確かに俺は焦っているのかも知れない。故郷での出来事から、仕事を完璧にこなさなければという切迫感した思いを抱えている。結果を残さなければ、またあの時のようになりそうで怖かったから。


「多少のんびりしても良いでしょ? グラウスには四班みたいなのだっているんだから」

「それもそうだな」


 いつも何かしらの損害を出して帰ってくる四班を思い出し口元が緩む。

 彼女の言う通り多少は肩の力を抜いても良いのかもしれない。思考が硬い俺には、適度に休息を進めてくれるマルティナのような存在はありがたかった。


「でも仕事中だから酒も賭博もだめだぞ」

「分かってるって。帰ってからの楽しみにしとくよ。この仕事が終わる頃にはスヴェンも帰ってきてるだろうし」


 また四班の仕事先を賭けられてるのか。だが、帰ってからの楽しみがあるのは良いことだ。

 故郷を捨てた俺も、今はグラウスが帰る場所と言えるのだろうか。疑問と共に夜は更けていく。


 翌日、新たな大司教の遺体が発見された。

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