落日に燃ゆる②

 俺達は大聖堂内、警備隊のために用意された一角に足を踏み入れた。大司教殺しの違法術師を確保したためか、逃亡防止にいつもより人員が多く配置されている。

 とある一室の前で足を止めた。扉の左右一名ずつ、武装した術師が立つ。俺達を見ると会釈し扉の鍵を解除した。扉を押し部屋に入る。


 部屋には椅子と机のみ。机の前には手枷を嵌められた容疑者が座る。それを囲う様に左右後ろ三人の警備員が立っていた。

 全員が部屋に入ると扉が閉められる。簡素な照明しか準備されていないためやや薄暗い。


「ロベルトだな」


 俺の問いに青年は答えない。

 ロベルト・ビアンキ、教会に属する青年の一人だった。両親は熱心なヴァナディース教徒であり一家でミサに通っていた記録もある。つい最近まで別の支部に配属されていたが三ヶ月程前にルークス教国に移動となっていた。勤務態度も良く、同僚たちとの間に問題も見られなかった。項垂れているため見えるのは茶色い頭髪のみ。


「殺人に加えて違法魔石やアーティファクトを所持に使用。他にも罪は多数ある」


 罪状を並べるも彼は微動だにせずただ俯いていた。


「じゃあ話題を変えよう」


 黙秘を貫くロベルトに別の言葉を投げかける。


「お前はクレセントール支部の不正献金事件の被害者家族で間違いないな?」


 ロベルトは顔を上げ俺を睨み付ける。

 ビアンキ一家、それは犯人を特定する際に突き止めた被害者家族の名だった。


「ビアンキ一家は熱心なヴァナディース教徒だった。そこにベネデッティ司教が寄付の話を持ち掛けた事で事件は始まった」


 俺は当時の事件の記録を思い出し言葉を続ける。


「教会を立て直すのに寄付が必要です。多額な寄付をすれば新たな恩恵を受ける事ができます、と。そこでビアンキ一家は家の貯蓄全て寄付した」


 ロベルトの手枷を嵌められた手が小さく震えだす。彼にとっては最悪の記憶だろう。俺も話していて気分が悪くなってくる。だが、彼が話さないと言うのなら、確認のため俺も続けなればならない。


「しかしベネデッティ司教はまだ信仰が足りないと、さらなる寄付を求めた。そして父のルイジは職場の金に手を付ける。しかしそんな事はすぐにばれビアンキ一家は追い込まれ、」


 打撃音が部屋に響いた。机に拳を落とす音で俺の言葉は中断される。彼の動きに警備員の持つ剣や銃の矛先が一斉にロベルトへと向いた。構わず俺を睨み続け、ついに口を開く。


「そうだよ。俺の家族は自殺した」


 深淵から聞こえてくるような低く暗い唸るような声でロベルトは言う。言葉には深い憎悪が含まれていた。


「……ビアンキ一家の心中により不正献金が発覚し、事件は明るみにでた。主犯となったベネデッティ司教は追放され事件は幕を閉じる」


 話し終え、深いため息が漏れる。信仰心を利用した詐欺に吐き気がする。こんなことあってはならなかった。ロベルトは再び机を殴る。


「ベネデッティ司教は違う! あの人は濡れ衣を着せられて殺されたんだ! ガロファロとベルニーニとジュリオ、あいつらが金を受け取ってたくせに!」


 ロベルトは身を乗り出して叫ぶ。彼の行動を危険と判断した警備隊の魔具に術式の光が灯った。それを見てロベルトは笑みを浮かべる。自暴自棄になった壊れた笑みだった。


「殺すなら殺せよ! どうせ俺は死刑だろ!」

「それは……」


 続く声が出ない。否定出来なかった。違法魔石の使用だけで重罪となる。それに加えアーティファクトの使用に殺人。彼の殺人動機を考慮しても良くて終身刑だろう。ロベルトは哄笑を上げる。


「そうだ! 神があいつらを裁かなかった代わりに俺が罰を与えたんだ!」


 確かに彼が事件を起こさなければ真相は隠されたままとなり、いつか人々の記憶からも忘れ去られていただろう。だがこのやり方は間違っている。人が人を裁く私刑など許されない。ロベルトの笑い声が少しずつ小さくなっていく。


「なのに、ジュリオだけのうのうと生き残りやがって……」


 消えそうな声で呟きロベルトは項垂れる。途轍もない高額で取引されるオートマタを用意してまで果たそうとした復讐は失敗に終わった。そして、彼には二度と復讐の機会は訪れない。


「アルトゥーロ大司教を殺した理由は?」


 二人の殺人動機は分かった。しかし、まだもう一人残っている。


「俺はアルトゥーロ大司教は殺していない。不正に関わってない者は殺してない」


 ロベルトは光のない目を俺に向けた。身に覚えのない罪に困惑した表情となる。


「なら二日前、どうして俺達を襲った?」

「お前は邪魔になりそうだったから消しとこうと思ったんだ。でも俺はアルトゥーロ大司教は殺していない」


 ロベルトは震える口で三人目の事件の潔白を繰り返す。


「本当だ! 俺は殺してない!」


 俺達が無言でいるとロベルトはさらに強く否定する。確かに術痕は一致していなかった。彼がこれ以上魔石を所持してるとも思えない。アルトゥーロ大司教が殺されたと思われる時間、彼にはアリバイもあった。


「まさかここに来て振り出しか?」


 エドガーが苦い顔でいう。俺も認めたくないが言うしかない。


「そう思いたくないけど、そういうことになるな」



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