第39話魔道士少女は添い寝して欲しい

「お姉様、私。……アルマ様に添い寝をお願いしに参ろうかと」


「バカなこと言ってないで寝ようね、ノエル」


バカとは何ですかバカとは。

私は真剣な気持ちで申し上げたのです、お姉様。

……これはエリーニュス家の存亡に関わる、超重要事項。最悪、当家が危うくなります。

……添い寝。

あるいは……同衾できるまでに持っていければ、エリーニュス家の未来は明るいのです!!


「危ういのはノエルの頭でしょ。……ほら、寝るよ皆」


ランプに手を伸ばしたカイお姉様に、私は再び待ったをかけます。

あと、私の頭は危うくありません。

むしろアルマ様を想い、常に大回転しています。

……あぁ、アルマ様……瞼を閉じれば、いつも貴方がいるのです。


どうかこの唇に貴方の口づけを……。


「ふへへっ……んちゅぅ………ゔぇふっ……!?」


「だから虚空にキスしようとするのはやめなさいってば」


くっ……またもや頭を。

ですが仕方がないじゃありませんか。アルマ様の事を思うと、身も心も火照ってしまうのですから。

今の火照った身体……海だって干上がらせる熱さなのです。


でも、私は……アルマ様の体温でこの身を溶かされたい。

ふふっ……うふふふふふ……♡


「よーし、リリア。ワンド貸して。ノエルの頭は割られないと治らないみたい」


「お、落ち着いてくださいカイさん……! ノ、ノエルって……アルマさんが関わると……おかしくなりますよね………」


「よくわからないけど、ノエルが楽しそうならアタシはそれでいいや。……ふぁーぁ……。それはそれとして、もう寝ようぜ? カイの言う通り。……アタシ眠いよ」


「待ちなさい、ホノ!!」


「おわぁっ……!? か、身体を揺らすなぁっ!!」


寝ようとしたホノの肩を掴み、思い切り揺さぶります。


「ノエル……貴女、いい加減に……」


「……アルマ様には、女性の好みというものがないそうですお姉様」


「だから……?」


「わかりませんか?……これがどれほど由々しき事態なのか……!」


ヴラム翁とダタラ様に頼み、アルマ様の女性の好みを聞き出した結果……わかったのは。

アルマ様にそういった好みがないということ。

………それはすなわち。


「ーーー適当な女性に……コロリと恋をしてしまうかもしれないのですよ……!!」


「………は?」


「ほぇ……?」


「ふぁーぁ……」


ふむ。

驚きのあまり、皆の反応が却って薄いものになっているようです。


「女性の好みがない……それすなわち……女性への免疫がないということです。どこの馬の骨とも知れない女性に恋をして……っ!」


頭の中に、情景が浮かんでくる。

……なんと恐ろしい情景なのでしょうか。


『うっふぅん、あっはぁん?』


『なんて美しい女性なんだ!……どうか結婚してくれ』


『いいわぁーん? あっはぁーん』


……嫌………っ。


「ぃいやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? アルマ様ぁぁぁぁぁっ……!? そ、そ、そ、そんな私よりも少しばかりスタイルが良いだけの女に誑かされてぇっ……!!……ぃぎぎぎぎぃっ………!」


「なぁなぁ、カイ。ノエルは何と戦っているんだ?」


「わ、私……もう……怖くなってきましたよ……」


「ごめんね、この病気は治せそうにないの。……理解して、受け止めてあげて?」


「はいそこ! 私語は慎むっ!」


「……はいはい。で? ノエルはどうしたいの?」


よくぞ聞いてくれました、お姉様。今だからこそ。

今だからこそ、アルマ様に悪い虫が付かないよう対策ができるのです。

私は気合い込めて、拳を掲げます。


「添い寝ですっ……!!」


「添い寝……」


「そ、そ、添い寝って、あの?」


「一緒に寝っ転がる奴だな。なーんだ、簡単じゃん!」


アルマ様に私の……んんっ……。

……私たちの香りを擦り付けて牽制とし、私たちを少しでも意識してくださったなら。……大勝利……!


「……猫じゃあるまいし。私は行かないよ」


「ふぇっと………あ、あの……そのぉ……わ、私……は不参加で」


「一緒に寝転がるだけなら簡単だな! よし、アタシ参加する!」


「いえ……これは全員強制参加といたしますっ!!」


申し訳ありませんが、お姉様、リリア。

お二人にも参加していただきます。

アルマ様の女性観を、私たちで上書きする。これは、このノエル・エリーニュスの……使命っ!


「強制参加って……はぁ」


「えっ……えぇっ……!?」


「よくわかんねぇけど、アタシは準備万端だ! いつでも寝れるぜ!」


「ふふふ、参りましょう!!」


右手に枕を持ち……寝間着の下には……そ、そっ……そういう事になった時のための……す、少し背伸びをしたモノも着てあります。

大丈夫……きっと上手くいくはず!


(気合いを入れていきますよ、アルマ様……!!)


いざ。アルマ様の……お部屋へ!



「……取り敢えず入ってくれ」


急に“私たちと添い寝”云々と言われ驚いたが、ひとまず部屋に入って貰った。皆の反応というか、顔を見るに………“首謀者”はノエルで。


「ここが……ここがアルマ様のお部屋……! 感無量ですっ……!」


「師匠の部屋、ちょっと殺風景だな。こんどアタシが飾り付けしてもいいか?」


ホノはよく分からないまま、面白そうだと思って参加して。


「すみません、アルマさん……」


「ノエルの……いつもの……アレです……はいぃ………」


(い、いつものアレ……?)


カイとリリアは諦め半分で同行してきた。……と言うことだろうな。


……しかし添い寝か。

なぜ急に、添い寝して欲しいなどと言い出したのだろう?


「えっと……ノエル?」


「あぁ……私この部屋の壁になりたい……はっ……!? あ、は、はい!? な、何でしょうかアルマ様」


「……まずは涎を拭おうな」


「し、失礼しました」


慌ただしくノエルが口元を拭う。


「それで? なぜ急に添い寝を……?」


「えっ……そ、それ……はえっと……」


「いや……そもそもだな、ノエル」


「……へ?」


というか、その前に。


「……添い寝云々の前に、俺の部屋は狭い。……ベッドもそうだ」


そもそも論として、俺の借りている部屋は狭い。この場にいる4人が互いに手を伸ばせば、腕と腕が当たるような狭さだ。


床に雑魚寝するには家具が邪魔だし、ベッドに至っては4人で寝るなど無理な大きさ。


「添い寝はすまないが無理だ。

……この人数で無理に寝ようとすれば、壁に皆で背中をもたれて寝るしかない」


それでいいなら、別に構わないが。

……背中が痛くなるぞ。


「なーんだ、無理じゃんノエル! ならアタシ、部屋に戻って寝るわ」


大きな欠伸を一つして、ホノが出ていく。……少し寝惚け頭で付き合っていたんだな、ノエルに。


「あっ……ホノ! ……むぅ」


「アルマさんのベッドって」


「………カイ?」


カイが俺のベッドに近づく。

近づいて、何度かマットレスを叩いた。


「もう1人くらいなら、寝られそうですね」


「………? そうか?」


意識したことはないが、言われてみると小柄な人間1人なら、隣に寝られそうではある。


「では、そういうことなので。……リリア、行こうか。……おやすみなさい」


「あっ……はい、カイさん。おやすみなさいアルマさん」 


「お、お姉様!? リリア!?」


「アルマさん、愚妹をよろしくお願いしますね。それでは」


「お、おい二人とも! ……行ってしまったな」


残ったのは俺とノエル。

愚妹をよろしくと言われたって、どうすればいいんだ。

部屋まで送っていけばいいのか。


「………いえ、これはチャンス。

……ゆ、勇気をだすのよ、ノエル」


「ノエル?……何か言って……」


「ア、アルマ様……! わ、私! 一緒に添い寝してくださるまで、梃子でも此処を動きませんっ!!」


眉をしかめながら、目を強く閉じて。……顔を真っ赤にさせながらノエルが叫ぶ。

……椅子に座ったままで、どうやって添い寝をしろと?


「……あのだな、ノエル」


「な、何ですか!」


「その……理由を聞かせてくるか。さっきは聞きそびれたからな」


さすがに、男の俺と女の子のノエルが同じ部屋で朝まで過ごすのは……良いことではない。

だが、理由も聞かず出て行かせると言うのも……良くはない。


「り、理由……は……」


「………」


「ぅ……そのぉ……り、理由……は」


手にしていた枕を、ノエルがきつく抱きしめる。

……目元は少し潤んで、涙目だ。

心が痛いが……こればかりはきちんと理由を聞かなくては。


「………さ」


「さ……?」


「………寂しかったから」


ノエルの言葉に、俺は少し考え込む。……寂しかった、か。

無理もない。

今日一日だけで、色々な事があった。……怖い目にもあい、悲しい思いもノエルはしたのだ。


……思い出すな。

俺も、どうにも物悲しくて寝付けない夜に……落ち着くまで、師匠に隣にいてもらったことがある。


「………わかった」


「ぅぁ………えっ……?」


「でも、ベッドでというのはな。椅子を隣同士に並べて」


ベッドにある毛布を取ろうとして。

後ろでガタッ……と音がした。


「………ノエル?」


「べ、ベッド……が……!」


ノエルに、服の裾掴まれる。

……遠慮がちに、指先で小さく。


「ベッド……が……いい……です……私っ」


顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな顔。


「お、お、お願いします、アルマ様っ………!」


「………わかったよ。わかったから。そんな顔をするなノエル」


……そんな可哀想な顔をされたら、駄目だとは……言えないじゃないか。

怖い目にあって、だから今夜は……誰かに甘えたいんだろう。

そんなノエルを無碍には……俺にはできそうもなかった。


(……ノエルが寝たら、部屋に運べばいいか)


ベッドに寝転がった。

それにしても……今夜はどうにも眠い。……疲れが出たみたいだな、俺も。……頭がぼぅっとする。



「お、お隣! し、失礼いたします、アルマ様っ……!」


心臓の鼓動は、高鳴っていました。

ひっきりなしな脈動が、身体中に……火照った血を回して。

深呼吸を何度も繰り返し、私は何とか気持ちを落ち着けました。


(き、気合いを入れなさいノエル・エリーニュス……! ……こ、ここまで来て臆するなど……ありえませんっ……!!)


も、もしも。

もしも、ですよ……?

こ、今夜……月明かりに照らされながら……アルマ様と溶け合うような一夜を過ごすことになるとしても。


ーーー本望っ!!


「…………っ」


臆してなるものですか。

……私は、一夜だでなくこれからさき百夜も千夜も共にする予定なのです。

たかだか添い寝くらいで……億して引き下がる私ではありません。


(………ぅぁ……ア、アルマ様が近い)


毛布を軽くめくり、この身を滑り込ませました。

……くっ……背中から滑りこませた自分が腹立たしい。

真正面からアルマ様を見つめ、共に眠る。それが目標でしたのに!


(ぅ……ぅぅ……せ、背中に……アルマ様の体温が……)


深呼吸。

深呼吸をまた何度も繰り返して、脈動が収まるのを待ちます。

……駄目です、今アルマ様を見たら。私、緊張のあまりに逃げ出しそうです……!


(よ、よ、よーし……!! み、見ますよぉ……? ア、アルマ様のか、顔を! ……い、いっそ! ね、寝惚けた振りをして抱きついてやりますっ!! ま、ま、参りますよっ!? アルマ様ぁっ!)


勇気を振り絞って……目を瞑りながら身体も顔も。

アルマ様の方へと向けました。

……少しずつ、目を開いていきます。


「…………あれっ?」


目を開くと同時に聞こえたのは。


「ーーー………ーーー………」


子供のような寝息。

……両目に写ったアルマ様はと言えば。……純朴な子供みたいに安らかな寝顔で……すっかり眠っていました。……その姿に思わず。


「……可愛い。………じゃなかった……! ア、アルマ様……? ね、寝てしまわれたのですか本当に……?」


アルマ様の身体を、軽く揺すりますが……駄目です。すっかり寝ています。


(……よく考えれば……。いえ、よく考えなくてもわかりますね……はぁ)


物凄くお疲れで、ぼんやりでもされていなかったから、こんな添い寝など許可してくださらなかったでしょうね。

……ダタラ様と話し終えた後、疲れはピークに達していたのでしょう。


(………私の気も知らないで。……でも、そんなアルマ様だから……余計に火照ってしまうんです、頭も心も)


仰向けになって、天井を見やります。

……“寂しかった”と言ったのは。

どうしてなのか、私にもわかりません。口から出た誤魔化しや、嘘ではないのです。

だからきっと、寂しかったのでしょう、私は。


(………貴方は寝ていますけど……やっと2人きりになれましたね、アルマ様)


ホノが一番にアルマ様に想いを伝えて……リリアは、秘密の場所に。

カイお姉様は……アルマ様から人生を捧げるとまで言って貰えて。


でも……私は。

………だから、ちょっとだけ寂しくて、ヤキモチを焼いてしまったんですきっと。


「…………」


アルマ様はぐっすり寝ています。

……このまま、唇を重ねても起きなさそうなくらいに。


「ーーー……おやすみなさい、アルマ様」


唇は……彼の額に。

唇と唇を重ねるのは……起きている時の貴方とがいい。


「……………えっ?」


「おやすみ……ノエル」


薄めをぼぅと開けたアルマ様と、目が合いました。寝惚け眼で、ぼんやりとした顔。


「よく頑張ったな、今日は……明日は……何か……一緒に………」


そうして、優しく頭を撫でられました。撫でられて私は。


「し………しつ……」


「………?」


「失礼いたしましたアルマ様ぁぁぁぁぁぁあ!?」


「むぉっ……!? はっ……!? あ、なんだ!?」


気恥ずかしさから、逃げ出してしまいました。

……ずるいですよアルマ様。

不意打ちで………優しくするなんて。

鼓動がまた……早くなってしまいました。

今夜は多分、眠れない。

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