最終話(④)アサシンはもう、挫けない
「届いたのか、ポーションが」
「閑古鳥が鳴いてるって言ってましたからね。……在庫が余ってたんですよ」
街の憲兵たちが、ギルドマスター引き渡しの為王都に向かってから一週間。
伯爵の計画に備えて、ギルドの街では着々と準備が進められていた。
いつ攻め込んで来るのかは分からないが………ダンジョン内を彷徨く魔導士どもの数は、目に見えて減っていた。
………避難を始めたと考えれば……もう間もなくだろう。
「在庫処分……ってわけじゃないみたいだな」
「……全部作りたてだ……。ははは、アイツ……金がない金が無いってボヤいてたくせに」
「ふっ………お代は0セトゥリオンか。……まったく。……可愛げのない奴だよ」
バルカミルに注文したポーションも届き、準備は万端だ。
各冒険者たちには、細心の注意を払いつつダンジョンでレベリングをしてもらっている。
……経験値が多く入る今、戦力の底上げはしたい。
「いつ攻め込んで来たって勝てますよ、アルマさん!」
「シェリンか。見張りからの連絡は?」
「今日も平穏そのものです。……あ、でも! ……誰も油断はしてないですからね?」
「わかってるさ」
伯爵の計画は二つ。
ダンジョンからモンスターの軍団を呼び出す事と、親衛隊や私兵団を用いたギルドの街の壊滅。
それらを察知しておいて、準備ができていなくて負けましたでは……笑い話にもならない。
ギルドの街周辺の街道には物見役を配置し、日夜問わず交代で連絡を取っている。
「アルマさん、設置作業もう少しで終わりそうっす」
「にしても、エゲツねぇもんを思いつきますな……」
「よかった、俺親衛隊じゃなくて……」
(……考案者はノエルなんだが……いや、ここは俺が思いついた事にしておこう)
やるならば徹底的に。
……ノエルの言葉のニュアンスからして、やるならばではなく“殺るならば”の方がしっくり来たか。
(……うん、ノエルの名誉のためにな……)
拷問スキルや、拷問技術を持っている俺が言えたことではないが………可愛らしく儚げな顔をしてその実、ものすごく恐ろしい作戦を立案してきた。
(よく思いつくよ。……街の周辺。そして進軍ルートになるであろう場所に、埋設式のトラップを仕掛けようだなんて)
今まで誰も思いつかなかったか……あるいは思いついたけれど残酷過ぎると提案しなかった作戦だろう。
正直に言って、俺よりノエルの方がアサシンに向いているのではないか……と思う。
進軍ルートに埋設したトラップは、踏んだ瞬間に魔力が爆発して敵を吹き飛ばすというもの。
……今も外でせっせとノエルが主導して埋設している。
『ちょっと爆発して吹き飛ぶだけの虚仮威しです、アルマ様。……命までは奪いませんよ、うふふふ』
と。そうノエルは言っていたが。
………あれは、狩る者の目だったな。
「師匠! “隠れ家”の準備終わりました! 後は……上手く当てられるように練習してもらうだけです!」
「ホノか。……わかった。とはいえ、志願者は………」
「大丈夫です。言いつけ通り、お年寄りとか若い人の志願は断りました。……あーでも」
「………うん?」
「おうおう、アルマ。ジジィは参加禁止ってのはどういう了見だ?」
「ほっほ! 儂らも隠れ家に志願させてもろうたわい! 勝手にな!」
「ドランの親父さんに……ヴラムの親父さん………。……本当のことを言えば、冒険者たちだけで済ませたいくらいなんだ。……悪いが諦めて」
「嫌だ」
「嫌じゃ!」
「聞き分けよくしてくれよ」
「い・や・だ!」
「い・や・じゃ!」
まったく……このジジィ共は。
……こうなったら梃子でも動かない。むしろ、梃子をへし折って殴りかかってくるのがこの2人だ。
「……わかった、わかったから! ……でも無茶は絶対に」
「するぞ!」
「するに決まっておろう!」
2人揃ってわははは、と高笑いをする。
おいこら、クソジジィども……!?
「あのなぁアルマ。……冒険者たちが胸を張って必死こいて戦おうとしてるのに。……宿屋の親父が怖気てどうすんだ!」
「鍛冶師が戦場に立っては行けぬ道理はないわい! ……力にならせてくれ」
……ずるい言い方をする。
そんな言い方をされれば、
ますます断るのが難しくなる。
「約束してくれ」
「なんだよ?」
「なんじゃ、アル坊」
「………2人共、絶対に死なな……あ痛っ……!?」
死なないでくれよ……と言おうとして。2人から思い切りの良いゲンコツを喰らった。
「バカかオメェはこのガキッタレ!? そんな約束してみろ、死んじまうだろうが!?」
「そうじゃぞアル坊、縁起でもない!? そういう死ぬな云々の約束はな、破られるためにあるのじゃ! 死んでもせんぞ、そんな約束!?」
「だ、だからって殴ることはないだろ……!?」
「いや……今のは師匠が悪いと思うよアタシ。駄目だってそんな約束しちゃ……」
「ホノ………っ!?」
えっ……なんで?………これ、俺が悪いのか……!?
○
一悶着の後、俺は再びダンジョンへと潜っていた。
残留してる魔導士たちの動向の観察と、仕掛けておいたスキルの発動タイミングを見計らっていた。
(慌ただしいな。……逃走の準備を始めて………)
第13階層。
魔導士たちが慌てふためいた様子で、階層内を。
……奇怪な実験施設へと変化させたその場所を、離れる準備を始めていた。研究資料を魔法スキルで燃やして灰に変え、器具や機材にも同じく魔法スキルを撃ち込んで破壊していく。
武具はすでに持ち出され、おそらく私兵団や親衛隊への配備が進んでいるだろう。
(………ギルドマスターの証言が、国王陛下の耳に入った……ということだろうな)
慌ただしく、計画性のない一連の逃走準備は計画が露呈したことを意味しているのだろう。
想定していたような“撤収”をする余裕はなく、今すぐにこの場を離れたい。
おおかた、伯爵にも王都への出頭命令が。……身の潔白の証明を求められている。潔白を証明することが叶わなければ……間違いなく伯爵は極刑を課されるだろう。
そうなれば、連座して協力者たち。
計画に加担した貴族たちや魔導士たちも、同じく極刑を課されることになる。
伯爵のことを考えた隠滅というよりは、己の身可愛さの隠滅作業なのだろう。
(……まぁ、逃げたいなら逃げるが良い。重要なのはこの階層。
……魔力の吸い上げ機構はさすがに壊せないと見える)
第15階層から吸い上げられた魔力は、この第13階層で一度溜め込まれる仕組みだ。一度に多量の魔力を放出するのではなく、此処で調整・経由して指定の玄室に魔力回される。
伯爵の仕組んだ安全装置というわけだ。
過大な魔力を一度に放出してモンスターを生み出して……万が一制御不能になれば計画は頓挫する。
(そのために拷問/暗殺スキルを仕込んでおいたがな………)
この階層に仕込んだスキル。
《ウィッカー・ハンズⅣ》は、対象の肉体に宿る魔力に【発火】状態を付与する。……この階層を経由した魔力で生み出されましたモンスターは、尽くが【発火しながら】生まれることになる。
(できれば設置された細工。取り除きたかったがな。………下手にいじるわけにも、な)
第14、第15階層に現れるであろうモンスターは、【発火】状態にはできない。……正面からぶつかることになる。
(だが、そのための準備はしてきた。………伯爵を招待するとしよう。いつでも掛かってこい、とな)
逃走を始めようとしていた魔導士の一人を捕まえて、伯爵への伝言を渡す。
シンプルな一言だ。
「伯爵に伝えろ」
これ以上の言葉はいらない。
「ーーーアルザラットが待っている」
さぁ来い、伯爵。
俺はここだ。……お前が忌み嫌い、煮え湯を飲まされ、恐れた溝鼠が。
アルザラットは、此処にいるぞ。
○
「ア、アルザラットが待ってると……そう奴は……つ、伝えるようにと……!」
「ーーーー!!」
儂は、怒りの余り喚き……叫んでいた。ギルドマスターの裏切りにあい、国王陛下に疑念を抱かれてしまった今……もはや進退窮まっている。
「アルザラットめがぁぁぁぁぁっ!!」
儂の計画。
儂の企み。
儂の謀と……野望へと向けた一手を出すたびに、あの忌々しい溝鼠に阻まれる。……だが!
天運はこの儂にあるのだ!
候爵を亡き者に、アル・ザ・ラットの……取るに足らんあの女アサシンの息の根も止めることはできたのだ。
溝鼠の駆除など容易いっ!!
真に栄え、真に栄光に満ちた冠を戴くべきはこのバラム・ヴールであり、尊く何よりも崇高な儂の血こそが世界を支配するべきなのだっ!!
「《指輪》を………」
「………は?」
「《指輪》を持ってくるのだ!! 今すぐにっ!! 八つ裂きになって死にたいかっ!!」
ダンジョンを統べるためのこの《指輪》。……魔力を同調させるにはまだ、7日の時が足らない。
しかしだ。
……しかし、それを補う術はある。
元は《指輪》の力が完成に達した際に向かう予定だったが……致し方あるまい。
「儂は第15階層に向かうっ!! ……至急、我が兵団と親衛隊をっ!! 至高の装備で身を包んだ……最強の軍団をギルドの街に向けて出陣させよっ!!」
ふふっ………ふふふふふ!
いいだろう、アルザラットよ。
アルザラットの名を継いだだけの、薄汚い下郎……アルマ・アルザラットよっ!!
貴様を………殺してやる。
貴様の愛したモノすべてを蹂躙し、瀆し……その目前で。
貴様の教え子とやらに……ふふふふ……!
たっぷりと舌を這わせ……絶望の淵に貴様を叩き落としぃっ!!
ーーー殺してくれと命乞いするまで甚振ってから殺してやるっ!!
誰に歯向かい誰に挑んだのか。
ーーー雑魚に過ぎぬ貴様に教えてくれるわ……!!
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