最終話(③)アサシンはもう、挫けない

「まったく……あんな危険な場所に呼び出すとは……!」


ギルドの街。

そのギルドマスターたる私は、ダンジョンから出て街外れにいた。

冒険者たちや、他の誰かに見られてはまずい。


(伯爵様の命令でなければ、あんな場所に誰が潜るか!)


伯爵様の計画はど、私には関係がない。だが、協力することで見返りが得られるのならそれで良いのだ。

こんな街がどうなろうと知ったことではない!


……どのみち、協力者である私の命は保証されているからな。


「……それで? 伯爵様の計画はいつ始まるのだ? ……その前に避難をせねば」 


「………」


「おい! 聞いているのか!?」


「………はぁ。我々も……聞かされてはおりませぬので。……指示があるまでお待ち下さい」


「………ちぃっ……できるだけ早く連絡くださるようお伝えしておけ!」


伯爵様に知らされているのは、ダンジョン・マスター計画と……それを下にした王国の転覆計画。

ダンジョン内の魔力を支配し、モンスターの軍団を誕生させて王国に侵攻する。


(ふふふ、計画達成の暁には……私は大貴族として取り立てて頂ける……! 金と権力とがこの手に!)


親衛隊達は、ギルドの街の住人を掃滅するために動くことになっている。……この街の冒険者たちは跳ねっ返りが多い。

間違っていると思えば……冒険者の矜持だのと宣って逆らってくる。

まったく、いつでも道理に沿ったことなどできるわけがなかろうに!


(そうして無駄に能力はあるからな皆。……特にカイパーティとアルマ……! あれは生かしておくと危ない)


伯爵様の支配の邪魔になるだろうからな。……掃滅して皆殺しにした方がいい。

……私は何も悪くない。

自分の身が可愛いのだ人間発達学部子ども皆。……冒険者共が異常なのだ。何が矜持や義理だくだらない!


「………うん?」


……不意に、何かが目前を横切った。真っ黒な影。……大きな影だった。


「なっ……!?」


その影が横切った後。


「お、おい!? どうしたんだ!?」 


……護衛の魔導士たちが倒れ伏す。

まさか……こ、こんな芸当ができるのは。


「ひっ………ひぃぃぃぃっ……!?」


ア、アルマ……アルマ・アルザラット………!


「ーーー動くな」


最悪だ……奴に……奴に見つかった。



「ぅぐぇっ………」


近くの壁に、ギルドマスターを叩きつける。後ろ手に抑えて、顔は壁に向かって押し付けた。

事と返答の次第によっては……このまま壁の中で一生を過ごさせてやるから覚悟しろ。


「ギルドマスター。聞きたいことがある」


「は、離せっ……! こ、こんなことをして……! ぎゃぁぁぁっ……!?」


掌を短剣の先で軽く切りつけた。

血は出ていない。

……こんなもの掠り傷とも言えない。情けない悲鳴を上げる程ではないだろうに。


「次は指を貰う。……言え」


「ひっ……ぃぃぃ………!」


ギルドマスターが悲鳴を上げる。

……だが、すぐに語気を強めて口を開く。


「は、伯爵様の盟友なのだぞ私は……っ!! そ、それを! こんな無礼な……!! 伯爵様にご報告申し上げればお前なんぞ」


小悪党も鼻で笑うような台詞だな。

……伯爵の名前を出せば竦むと思っているのがなんとも。


「わかったら早く離せっ! このっ……!」


「……一つ聞くが」


「なんだ!! ふふふ、命乞いか? 今さら遅い!」


「仮に、お前の両目を抉り出して捨て、指も舌も耳も削ぎ落としたとする」


「は………? ………ぁ?」


「ーーーそうしたら、どうやって伯爵に報告をするんだ?」


実際にそんなことはしない。

拷問技術の一つとして、やり方は師匠から教わっているが……人に対して使ったことはない。

……そもそも、俺は人をどうこうするのが元から好きではないしな。


「そうだな……この短剣の切っ先で」


目の前に短剣を突きつける。

突きつけて、誇示するように壁に突き刺して見せた。


「刺し通した後、ゆっくりと神経を切りながら抉る」


「ひっ…………ひぁぁあっ……!? ま、待て! 待ってくれぇっ!!」


「指はもっと簡単だ。関節に沿ってゆっくりと刃を突き入れて……落とせばいい」


ギルドマスターの顔面が蒼白になっていく。さっきまで怒りで紅潮していたのに、今では死人のように真っ青だ。

……すこし脅しが過ぎたか。


「は、話すっ! 話すから……た、頼むっ……!」


「早くしろ」


駄目押しだ。

短剣を首筋に突き立てる。


「じゅーう……きゅーう……はーち……」


「ダ、ダンジョン・マスター計画だあっ!! ……は、伯爵様は……掃滅戦を再現して………王国の転覆を狙っているっ……!」


「なーな……ろーく……ごーぉ……」


「ひっ………あ……ぁ……わ、私は……も、モンスターの進軍ルートのアドバイスをしていた……! ……あ、あとは……こ、この街を親衛隊が襲撃する際のルート!……こ、これで全部だっ!! 知ってるのはこれだけだぁっ!!」


「よーん……さーん……にーぃ……いーち」


「し、知らないんだぁっ!! 助けてえっ!!」


「ぜろ」


「ひいっ………うぐぇぁ………」


「それを全部……国王陛下の前で証言してもらうぞ」


片手で掴んでいた頭を、思い切り壁に叩きつけて気絶させた。

……あとは、逃げられないよに縛り上げておく。


(やはり、予想通りだったな。……王国を転覆させる。……欲望もここまで膨れ上がると……笑えてくるよ)


伯爵がいつ、どのタイミングでこんな大それた野暮を抱くようになったのかは……俺にはわからない。

だが、身の丈に合わない欲や願いは身を滅ぼす。

心に宿した欲望に焼かれ……自己陶酔に飲まれて溺死していく。


(………ギルドに転がしておくかな)


ギルドマスターを背負い、俺はギルドへと戻ることにした。

………気絶している間に仕返しはされるかもしれないが……それは俺の預かり知るところではない。


青あざだらけになろうが、血だるまになろうが俺は知らん。

生きて証言ができるならそれでいい。

………お前を哀れだとは思わないよ。



「アルマさん! どうでした!?」

「奴ら、何を企んで……!」

「あっしら、いつでも一戦交える覚悟はできてまさぁ!」


ギルドに戻ると、冒険者たちが詰め寄ってきた。

……皆いくらか浮足立っている。

だが、それは伯爵を倒そうという気概から来るものだ。

………頼もしくはある。


「こいつを捕まえた」


ギルドマスターを、皆の前に転がす。


「あっ!? ギルドマスター!!」

「やろう……裏切り者っ!」

「伯爵と繋がってやがったのか……!」


ギルドマスターはまだ目覚めない。

……気絶している方が幸せか。


「コイツをどうするんですかい、アルマさん」


「国王陛下の元に連れていき、証言をさせる。……証拠の品と一緒にな」


第13階層で手に入れた証拠品を、近くのテーブルに並べた。

小さくだが、「おぉ……」と声が漏れる。


「こいつぁ……ひっでぇ武具だ」

「なんだこりゃ……見てくれだけの模造品ですかい?」

「おーい、皆! 来てくれ! 候爵様はこんなオモチャで遊んでたらしいぜ!」


冒険者たちが寄ってきて、武具を。

伯爵が計画の一部として用意していた武具を見やる。

反応は俺と同じだ。……見てくれだけの武具。


「………これが武具?」


「ほっほ……なんじゃこれは? オモチャか?」


「ダタラ……それに皆も来たか」


カイたちとダタラも合流する。

ダタラも来たとうことは……用意ができたということか?


「師匠! 武具が用意できました!」


「ダタラ様とヴラム翁が鍛造した刀剣と槍。……ワンドや防具。しめて100人分!」


「ど、どれも王国所蔵級と貴族所蔵級ですっ……!!」


鍛冶師としてのルールを破り、用意してくれたのか。

……王国の課した制限を破ったのだ。俺たちのために。……ありがたい。


「うっふふふぅ………剣っ♡」


「ほっほほほぉ………鎧っ♡」


……いや、違った。全然違う。

2人とも恍惚としたホクホク顔。

……鍛造制限を破れる大義名分を得て、ノリにノリながら夢中になって鍛えたんだろうな。

少しでも感謝した俺がバカだった。


弟子が刀剣狂いなら師匠は防具狂いか。……いや、何も言うまいよ。


「でも、足りないみたいですが、アルマさん?」


「えっ……? あっ」


カイの言葉に、俺は冒険者たちの方を振り返る。……皆、少し得意げな顔をしてニヤリと笑って。


「足りやせんぜ、アルマの旦那ぁっ!」

「俺たちギルドの街の冒険者っ!」

「総勢200人っ!! 100じゃ足りねぇっ!」

「そうだぁっ! 尻尾巻いて逃げる奴なんざいやせんぜ!」

「アッシら全員、この街を枕に死ぬ気で挑みまさぁっ!」

「やってやりましょうっ!」


………誰も彼もが、命を賭ける覚悟ができている。

この街の冒険者たちは。……違う。

このギルドの街で暮らす人々は皆。

一歩も引かず、臆することなく立ち向かうと決意しているのだ。


……同じだ。

7年前……掃滅戦の際に、俺たちを。アルパーティを第15階層に突入させるために、自ら命を投げうった冒険者たちと。

死ぬ気で戦うんじゃない。

死んだとしても、成し遂げたいことがある。だから皆、戦うのだ。


「しょうがないですねぇ……じゃ、ギルドの保管庫開けちゃいますかぁ!」


「わはははは! いいぞぉ! シェリン!」

「おぉ! すげぇ数の武具!」

「全員、これで装備が新調できるじゃねぇか!」

「大盤振る舞いだぁっ!! 生き残れば自分のものってな!」

「伯爵をぶっ飛ばしてやろうぜ、皆っ!!」

「おうよっ!! 伯爵をぶっ飛ばすぞぉっ!!」


「おぉぉぉぉぉぉっ!!」


(気骨がない? ……ははは……! 節穴になったな、俺も親父さんも。……ギルドの街の冒険者は)


ーーー皆、一人一人が気骨に溢れた………勇者たちだ。


王国が。………勇者の王国が誇る、恐れを乗り越え進む、勇者たちの街。

それが、このギルドの街なのだ。

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