最終話(②)アサシンはもう、挫けない

明くる日、俺はダンジョンへと潜っていた。

打倒伯爵の為の証拠集めと……ダンジョン内で行われている秘め事を白日の元に曝すためだ。


(反転させた〈ヒュドラ・ワンド〉と……通常の〈ヒュドラ・ワンド〉。……準備は万端だ)


透明化スキルを発動させる。

計画通り、ダタラの造った反転さてた〈ヒュドラ・ワンド〉と……紐を括り付けた通常の〈ヒュドラ・ワンド〉とを持って、第12階層へと向かう。


(魔道士たちが、今日は少ないな)


第12階層に潜る前に、魔道士たちの様子も確認した。

ダンジョン内をうろつき、怪しげな動きを見せていた魔道士たち。

………だが、今日は少なく見える。


(トラップは相変わらずか)


仕掛けられていたトラップはそのままだ。そのトラップの“管理役”として、残っているに過ぎないようだった。

冒険者たちに対して、過剰に警戒をする必要が無くなった……ということなのだろう。


そうだとすれば、伯爵の企みはかなりの段階まで進んでいることになる。……企みの達成まで、もう目前か。


(いずれにせよ、奴の野望を砕くのみだ)


だからといって、尻尾を巻いて逃げるという選択肢はない。

必ず奴に打ち勝ち、奴が懐から盗み出したモノ全てを取り返させて貰う。


(………行こう)


マジック・ポータルを通り、第12階層まで降りていく。

……7年前に俺が潜り、多くの冒険者たちが生命を落とす様を見た……第12階層へと。



懐かしい空気だ。

……身体を焼くような、濃密な魔力が逆巻いている。

第11階層に満ちる魔力よりも、より濃密な魔力が……この身を包み込む。右も左もモンスターで溢れていたこの場所は、こんなにも広い場所だったのかと……懐かしさにも似た、奇妙な感情を抱かせた。


(あれが“関所”だな)


魔道士たちが数名、第13階層へと続く階層の前に待機していた。

此れ見よがしな、可視化された探知トラップの魔法陣。

……透明化スキルなどの小細工では、簡単に見破られてしまうだろう。


(このポイントだな……よし)


魔力計測スキルと、探知スキルを併用して最適な場所を探す。

反転させた〈ヒュドラ・ワンド〉を突き立てるポイントは、魔力がより多く溜まっている場所がいい。

爆発的な魔力の増加を演出するには、そのほうが最適だ。


(………ここだ!)


階段にほど近い地点に、魔力の大きな揺らぎがあった。

この揺らぎに向かって、〈ヒュドラ・ワンド〉を突き立てた。

……瞬間、膨大な量の魔力が逆巻きながら溢れていくのを肌で感じられた。

紐で括っていた通常の〈ヒュドラ・ワンド〉をすぐ近くに突き立てて、俺を飲み込もうとした魔力を相殺して防ぐ。


「ま、魔力が!?」

「下の階層で事故でも起きたのか!?」

「連絡を入れておけ!」

「……撤収するぞ! このままじゃこっちが危ない!」


(………うまく行ったな)


計画していた通り、魔道士たちが逃げ出していく。魔力が暴走……したように見えただろう、奴らにとっては。

魔道に携わる者として、また伯爵の企みに加担した者として。

……極端に増大した魔力の恐ろしさは、身に沁みて理解しているだろう。


(やはり、魔道士であって“冒険者”では無かったか)


その恐怖が、冷静な判断を鈍らせる。……いや、本人たちとしては冷静に判断を下しているつもりなのだろう。

知識としてどれ程それが恐ろしいか知っており……もたらす被害もよく知っている。だからこその反応だ。


(……暴かせてもらうぞ、伯爵)


第13階層へと降りていく。



(………なんだ、これは……!?)


目前に広がっていた光景に、俺は驚きを隠せなかった。

ダンジョン“らしい”石壁と玄室の扉とがあるはずのそこは、様相をガラリと変えていた。

一部はダンジョンらしい雰囲気を保ってはいるが、もはや別のものと言って差し支えない。


(………研究施設か……? ダンジョンの階層をここまで変化させるなど……何年かけてこんな……)


そこは、研究施設のようになっていた。広々とした一角を占拠するように奇妙な機器や魔道具などが並び、モンスター避けの結界が……大量のアイテムを浪費しながら張られている。……莫大な財力にモノを言わせた力技だな。


(大量の武具に……モンスターの死骸か。……実験の成れの果てだろうか?)


ガラス製のシリンダー。

……魔力を閉じ込めておくための器具だ。錬金術を用いる魔法使いや魔道士たちが、ホムンクルスやゴーレム……あるいは低級の。

精霊などの魔力によって生み出される生物を飼うために用いられる。

その中に、モンスターの死骸が入っていた。


通常ならば、モンスターは死ねばドロップ・アイテムになる。

……通常ではない仕方で生み出されて死んだか。あるいは元々死んだモノとして生み出されたか。

定かではない。


(………ダンジョンのモンスターをコントロールするための実験か。……応用すれば、アンデット系の。……殺しづらく、対処の難しいモンスターも簡単に量産できる)


「上の階層で魔力が暴走したらしいぞ」

「この階層は?」

「変化なしだ。……どうする?」

「何かの間違いじゃないのか?」

「だめだ……アイツら逃げ出しやがった」


魔道士たちがざわつきだす。

その間に、さらに調査を進めた。


(武具の魔力量は……貴族所蔵級に匹敵しいるな。……この数を揃えたとなれば……)


丁寧に飾り置かれた武具。

……魔力量を見るに、神域級にも匹敵するものだ。


それらとは対象的に、乱雑に置かれていたのは、貴族所蔵級に匹敵する武具の山だった。

……一部は王国所蔵級にも達する。

数百人規模の兵士たちに支給してなお、余るほどの数。


失敗作だと言わんばがりに、投げ捨てられている。

イルムたちや、親衛隊たちが使っていたモノと……全く同じものが数点。やはり、埋もれるようにして転がっていた。


(………お粗末な造りだな)


ダタラやヴラムの親父さんのような、鍛冶師としての目は俺にはない。

しかし、冒険者としての武具のよしあしはわかるつもりだ。

……転がされているこれらの武具は……性能が高いだけのお粗末な鉄屑。ガワだけ整えた、“魂”のない空っぽな武具たちだ。


ダタラが見たら、鼻で笑うだろう。


(武具を揃え、モンスターを生み出し……やはり伯爵は……王国を転覆させる気なのだろう)


頭を回せば理解が行く。

なぜカイとノエルを狙ったのか。

……俺でも思いつくことなのだ。

奴なら最初から頭に入れて動くだろう。


(王国を乗っ取った後……カイかノエル……あるいは両者に自身の子を産ませれば……王族としての正当性を持った後継ぎとなる)


王族としての血の価値と……姉妹が辿った『悲劇的』な人生……その末路。その上で産まれた子であれば……反乱を抑え込むには都合がいい。

後は自身が摂政として政を牛耳る。


……つくづく人を舐め腐った男だ。

果たして同じ人間なのかと問いたくなる。


(ただ調査をして備えるだけと思っていたが………宣戦布告の“狼煙”を上げてやる)


暗殺/拷問スキルを発動する。

対象はこの階層全体と。

……目の前にある武具全て。

魔力を浪費してしまうが、まだ幾らか余裕はある。


(暗殺/拷問スキル発動。……《逆叛の呪いⅣ》……《鉄処女の抱擁Ⅳ》……《ウィッカー・ハンズⅣ》!!)


時間差と、条件が揃うことで発動する拷問スキルだ。

………加担せねば殺されると脅されていたのかもしれない。


だが、俺の主に。

カイ・エリーニュスを害する計画に加担した時点で掛けてやる慈悲はない。


「は、早くダンジョンから戻してくれ!」


「わかりました、ギルドマスター。そう慌てずに」


「ふ、ふざけるな! 異常が起きているのだぞ!? そんな場所に私はもういられん! 早く!」


「………護衛をお付けしてお見送りいたしますよ」


「当たり前だっ!!」


(ギルドマスター? ……姿を見せなと思ったが……なるほど。こんな所にいたのか)


証拠となる武具を、幾らか仕舞い込む。仕舞い込んで、ギルドマスターを追いかけた。

伯爵と手を組んでコソコソと動いていたようだが……。


その罪を清算する時がきたのだ、ギルドマスターよ。


………指を何本かへし折ってでも、証言してもらうぞ?

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