最終話(①)アサシンはもう、挫けない
「小娘めが」
領地の館に戻った儂は、如何にしてあのエリーニュスの小娘を。
……カイ・エリーニュスの心を打ち壊し、我が後継を産み落とすだけの人形に変えるかを考えていた。
もはや半ば潰えた候爵家の娘が……! 興隆を極めんとしているこの儂に逆らうなど……許されざることだ!
……雌犬として飼うのは最早やめだ。儂に大人しく従うのならば、妹共々末永く飼ってやろうと思ったが……あの小娘にはあらゆる尊厳を奪ってやらねば気がすまぬ。
(奴が打ち壊されるのを恐れているのは……ふふふ。わかる、わかるぞ! カイ・エリーニュスよ! ……従僕と呼び傍に控えさせていたあの男!)
取るに足らない下劣な冒険者が一人、アサシンのアルザラット。
………ふくくく、恋をする生娘のように恋い焦がれているのだろう?
であれば、奴の眼の前でアルザラットを嬲り殺した後……ゆっくりと貴様の逃げ場を失くし……絶望感を与えた上で……我が後継ぎを産む人形としてやろう!
……あるいは……妹を弄んだ後に切り刻み……貴様の眼の前で並べるのも面白かもしれないな。
「バラム様……!」
「お喜びください!」
「ついに……ついに完成いたしました」
慌ただしく扉が開かれると、魔道士たちが入ってくる。
酷く興奮した様子で、魔道士たちは言う。
「なんだ、騒々しい! ……完成した? ……どれの事だ。〈偽神武具〉か? それとも……ダンジョンマスター計画の要たる……」
騒々しく騒ぎ立ておって。
取るに足りない報告であったなら、即刻その首を切り落としてやる。
……いや、犬の餌にしてやろう。
「両方でございます、バラム様……! ……ついに神域級のモノを造り出せました……!」
「7年の歳月をかけ……ついにでございます!」
「親衛隊隊員たち、全員分のーーー」
「そんなものはどうでもいいっ!! ダンジョンマスター計画の要たる《指輪》が!! 完成したと申すのだな!?」
偽神武具などは、金と兵力を増やすためのついでだ。
本当に必要なのは《指輪》。
ダンジョンマスター計画を完成させ、このバラム・ヴールがこの王国の……いいや、違う!
この世界の大王として君臨するための、要となる至高のアイテム!!
それが……ついに完成したというのだな!?
「こちらにございます………!」
「どうぞお収めください、伯爵様」
「ついに……ついに完成したのです!」
差し出された《指輪》。
この儂が。
尊き貴族たる儂が身につけるには、あまりにも簡素な変哲もない鉄の指輪に見えるのは……些か腹立たしいが……まぁよいわ。
「ふはははは! して? 今すぐに使えるのか?」
「そ、それは……」
「ダンジョンの魔力を完全に支配下に置くには………」
「おおよそ、2週間ほどかかります……」
「………ちっ、2週間か。だが、それ以降は」
「はっ! ギルドの街のダンジョンは……」
「名実ともに、伯爵様のものとなります!」
「ついにダンジョンマスター計画は真の意味で完成いたします!」
2週間。
……この儂を待たせるには余りにも長い! だが、こればかりは仕方のないことか。諦めねば鳴らぬこともある。
それに……ふふふ………あの姉妹の肌を喰らう前の戯れ。……前“遊び”と思えば滾るというものか。
「よかろう。よく完成させた」
魔道士たちが傅く。
……なにやら、期待しているような雰囲気だな。
指輪を完成させた褒美でも欲しいのか?
「《指輪》の作成に携わった者すべてをここに呼べ。貴様らに渡すものがある故な」
「おぉ……!」
「呼んでまいります!」
「皆、早く! 集まれ!」
少しして、魔道士たち及び作成に携わった全員が集まった。
それなりの人数だ。目方で30人程か。……30人掛かりで7年も費やすとは無能な奴らだな。
この儂を7年も待たせたその罪。
決して軽くはない!
「うむ。よく集まった。これより皆には、引導を渡す」
ざわめき立つ。
うるさい連中だ。儂は褒美を渡すとは言っていないぞ。
言ったのは渡すものがある……との一言よ。
「親衛隊っ!! 一人も残さず処刑せよっ!! ふふふ、死骸は犬にでも喰わせておけ」
そもそも、儂は貴様らを生かしておくつもりなど無かった。
……偽神武具の製造知識を持ち、あまつさえ《指輪》の造り方をも知っている。
………そんな危険分子を、儂が生かしておくと思うのか?
貴様らのようなムシケラが、儂を脅かしかねない知識を持つなど、言語道断っ!!
バラバラにされ、犬に食われて死ねぇっ!!
「ふんっ、血で汚れたではないか。……おい! 誰ぞ! ギルドマスターに連絡を入れろ。最後に話を詰めるとな」
《指輪》を………《ゴエティアの指輪》を用いることで、ダンジョンの魔力を管理し……モンスターを自在に儂は生み出せる。
一点集中で魔力を圧縮させ濃縮させれば………レベル200を超えるもはや制御不能の厄災とも呼べるモンスターをも生み出せるのだ!
しかし欠点もある。
用いるのは、ダンジョン内の魔力。
それを用いてモンスターは造られるのだ。であれば、ダンジョン内にある魔力以上のモノは生み出せぬ。
(それを差し引いても儂の力は……神にも等しいっ!!)
この儂が……この儂こそが……!!
この世界を統べる王!!
………神となる。
○
場所は噴水のある広場。
集まった冒険者たちで犇めき、さらに街の人々も集まっていた。
集まった理由は一つ。
……カイとノエルだ。
消息を絶ち、もはや潰えたと思われたエリーニュス家の血筋が。
その直系たる娘たちが生きていたのだ。
「カイ様……!」
「ノエル……お嬢様」
「……エリーニュス閣下……!」
「……生きておられたか……!」
「誠に……誠、喜ばしい……!」
「この街の……真の領主!」
カイとノエルが現れると、皆一斉に傅いた。
掃滅戦の後に冒険者になった者たちが大半だが………リオン・エリーニュス候爵に与えられた恩恵とを、忘れた者はいない。
「み、皆さんどうか面を上げてください……!」
「私たちは……傅かれるような者では無いのです」
「いや……傅かせてくだせぇ!」
「リオン様の娘とあれば……アッシらにとっても大切なお方!」
「街のために尽くした獅子の子が……生きている!」
「これ以上に嬉しいことなんざ、そうそうありやせんよ!」
動揺しているノエルとは対象的に、カイは背筋を伸ばして前に出た。
その背中を見て、ノエルも少しずつだが落ち着きを取り戻す。
……そうして、2人並んで胸を張りそこに立った。
「………バラム・ヴールが、我が父。リオン・エリーニュスの懐より民と領地を掠め取ってから7年。私とノエルは、街々を放浪してきました」
「街々は……お父様の時代とは全く変わっていました。……お父様の廃止した数々の重税が再び課され、冒険者とは名ばかりの無法者が。……伯爵の名の下に蔓延っていました」
2人は、言葉を続ける。
「そして今!……このギルドの街を……いいえ、この王国すら揺るがし………多くの命が奪われるような未曾有の大災厄が起きようとしています」
「バラム・ヴールは……掃滅戦の時と同じ状況を創り出そうとしているのです……! ダンジョンで感じた異常! 多くの命が散り……家族を失ったあの掃滅戦が……また起きようとしています!」
「………それも、この王国全土を覆う規模のものが」
その言葉に、場は俄にざわめく。
そのざわめきに、カイは一段声を……しかし雄々しい獅子のような言葉を紡いだ。
「故に! 私は貴公ら全てに願いたい! ………バラム・ヴールの愚行を止め、掃滅戦の悲劇を繰り返さぬよう……かの伯爵との戦いに加わって欲しいと!
……恐れるものを私は笑わない。
家族を連れて離れようと欲するものを、私は決して笑わない。
……だがもし、共に戦列に加わり冒険者の誇りとをもって戦ってくれるなら……どうか力を貸して欲しいっ!!」
ーーー私と共に、死地へと落ちてくれ。カイの呼びかけへの反応は。
「やってやろう!」
「あのクソ伯爵をぶっ飛ばしてやれ!」
「冒険者の意地ってもんを見せてるぞ!」
「掃滅戦の時みたいに……失うのはごめんだ……!」
「私らだってそうだよ!」
「冒険者じゃありませんが……この街を救うためなら!」
「冒険者共だけにいい格好させられるかよ!」
「やるぞ! 伯爵を倒すんだぁっ!」
……これが、この街の総意だ。
バラム・ヴールを相手に一戦交えて、打ち勝つ。負けるつもりなど、誰にもない。
「……アルマ! 前に出よ!」
「………はっ!」
「………音頭は任せる」
前に出て、皆を一瞥する。
そうして俺は叫んだ。
長い言葉はいらない。必要なのは、皆の決意を。
………たった一言だけでいい。
「ーーー勝つぞぉぉぉぉっ!!」
勝鬨が上がった。
……勝ちに行く。伯爵の計画を挫き……この街を“取り戻す”。
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