第41話剣士少女は伯爵に喧嘩を売るようですようです
「ふんっ。あいも変わらず、粗野で下劣な街よなぁ」
イルムたちを処し、ゴミの片付けを終えた儂はギルドの街へと向かっていた。
理由はもちろん、エリーニュス姉妹を迎えに上がること。そして……将来我が力の象徴となる、ダンジョンの視察。
……そうでもなければ、こんな下劣な者共で溢れた、ムシケラの街になど来るものか。
「バラム・ヴール伯爵閣下、ご到着!!」
親衛隊が叫ぶと、愚民どもが儂に頭を垂れて跪く。ははは、良い眺めよいつ見ても!
貴様ら生まれからして劣る者らは、そうして地に膝を付けて頭を垂れるのが当然だ!
(……ほぉ? この街の女……なかなかソソる者が多いな。……ふっくくく………王国を手中に収めた暁には……この儂の後宮で飼ってやろう。………ふふふふ……楽しみ事が増えるわ……!)
親衛隊に儂は呼ばわる。
「して? エリーニュス姉妹はどこにいると?」
「はっ! ……現在は、冒険者ギルドにいるとのこと」
「冒険者ギルドだと? あの便所にも劣る下劣な場所にいるのか。……ここに連れて参れ! ……かようは場所に再び足を運ぶなどという屈辱……っ!! 儂は耐えられぬわぁっ!!」
「はっ! ……おい、誰ぞ! 今すぐギルドへ向かうのだ!」
父娘ともども……貴族の面汚しよ!
……あまつさえ冒険者ギルドなどに行き、最も無価値で劣等な人種たる冒険者と同じ空気を吸うだと……?
はっ! 儂には考えられぬわ。
イルムの阿呆もそうだ。
まぁ、惰性であそこまで育てた子ゆえ、興味は無かったがな。
〈偽神武具〉の実験台には最適だった。
(………モンスターどもを放つ前に、ある程度は間引いて置くかな。……ギルドの街とはよく言ったものよ。面倒なことに、街人もそれなりの腕っぷしはある。……ふむ、どうしたものかな)
かつての掃滅戦でも、大量に現れたモンスターたちを相手に幾らか立ち回れてはいた。
7年前のような、レベルの高い者共は殆どが戦死したとはいえ……進軍に際しては邪魔になろう。
(後宮で飼う女どもの選別もしたい。……モンスターに喰われるよりは……ふくくくく………! この儂に喰われ舌を這わされる方がよほど名誉であろう? くくくく………)
アルザラットの件は名分としては使えん。……イルム“処分”の名目に、ギルドの街の反逆は間違いまた捏造であったと国王には報告している。
……これ以上、疑いや警戒を持たれるようなことは避けたい。
いずれモンスターの軍団を持って蹂躙してやるつもりだが……警戒されないに越したことはないのだ。
「ふふふふ……久方ぶりの対面といこうか、エリーニュスよ」
○
「な、なんかエリーニュス姉妹を出せの一点張りで……エリーニュス姉妹って……リオン様の御息女たちですよね……? ……何の関係が」
嗅ぎつけて来たか。
おおかた、イルムあたりから聞いたのだろう。……来訪の建前が何であれ、カイたちだけで会わせる訳にはいかない。
「ーーー来なさい、溝鼠」
「……はっ! ……参りましょう、エリーニュス候爵閣下」
「えっ……? えっ……!? は!? カ、カイさん!?」
「……そういうことだ、後は俺たちに任せてくれ」
カイは、既に覚悟を決めていた。
冒険者のカイでも、復讐を願った少女としてでもなく。
ーーー候爵として、バラムに対峙するつもりだ。
(なら……俺はその敵を蹴散らすまでだ……)
もしも奴が、今この場でカイを害そうとするなら……伯爵相手に一戦交えてやる。
「お姉様、私たちも……」
「その必要はないわ、ノエル。
……礼節を以て尽くせぬ相手に、私たちが示す礼はない。……ここにいなさい」
伯爵と候爵の息女。
……臣下としての礼節を示すならば、此方から出向かせることなどしない。……その時点で、バラムは2人を軽んじている。
一人の貴族として対峙するならば。
……礼節を示さぬ者に、此方が礼を示す義理はない。
「な、なんだ?」
「アルマさんに……カイ?」
「お、おいエリーニュスって……」
「ノエルちゃんと……カイが……!?」
俄にギルド内がざわめき立つ。
だが、カイはしゃんと胸を反らして威風堂々と歩く。
その姿に、一人。また一人と。
「………!」
「…………」
「………」
騒ぎ立てるのをやめて。
傅いて、カイを見送る。
そうせよと命じられたわけではなく、自然と皆がそうした。
冒険者たちには。
このギルドの街の人間には、確かに理解できていたのだ。
……本当の領主は誰なのか。
「伯爵閣下がお待ちです、エリーニュス殿。……そちらの者は」
「私の従僕だ。同行させる」
「………畏まりました。こちらです」
カイの傍にしっかりと付き、俺は歩く。
努めからも、責任からも逃げ出したアルマではなく。……カイ・エリーニュスの“アル・ザ・ラット”として。……溝鼠のひと噛み、その鋭さを思い知らせてやる。
○
「カイ・エリーニュス様、ご到着……!」
歩き続けた先は、街の門のすぐ近く。街の人々は、伯爵の乗る馬車に向かい傅いてた。
冒険者たちがカイに向かって傅いたような、崇敬や敬意を込めたものではなく。
……ただ見かけだけのモノだと、すぐに分かった。
「お久しゅうございます。……カイ・エリーニュス様。……お母様に似て美しく成長されましたな」
「皆の面を上げさせよ、バラム」
「……なんと……?」
「傅かせるのをやめろと言っている。楽にさせなさい」
「……畏まりました。……聞いたな! 平民共よ!……畏れ多くもエリーニュス様は、傅くのをやめよと申された! 面を上げいっ!!」
人々が立ち上がる。
立ち上がって、何処に行くでもなくその場に残って此方の行く末を見守る。
「ノエル様は如何に……?」
「貴公の預かり知ることではない。控えよバラム」
「…………これはこれは……年を取りますと……どうにも口煩くなるもので。……あぁ! お迎えに上がれなかったこと……この老いぼれの足腰では」
バラムが俺の方を見る。
……覚えているか?
お前が嗤い、卑猥な言葉と共に罵った……アル・ザ・ラットの弟子だ。
「その者は……ははっ、まさかアルザラットではありますまい」
「そうだが? この者は私の忠臣たる従僕。……まさか、去らせよとは言うまいな、伯爵」
「お戯れを!……その者は主たるエリーニュス家を捨て去り逃げ、放浪した愚臣。……かような下劣な者を控えさせては、エリーニュス家の沽券に関わります」
拳を握りしめて、じっと堪える。
伯爵の言っている事は本当だ。
……責務から逃げ出した愚臣。その言葉に間違いはない。
ふつふつと沸く苛立ちを抑える。
俺自身への侮蔑ならば……甘んじて受け入れるべきだ。
「ほぅ? この者を愚臣と呼んだか、バラム」
「くははっ! ……愚臣と言わず何と申しましょう? 道化とでも呼びますかかな?」
「我が父の死後」
「………は?」
カイが不敵に笑う。
……伯爵に対して、一歩も引く気はないのだ。
「ーーー我が父の死後、屍肉に群がり啜る蛆のように。……我が父の領地を喰らい分け合った者共こそ。
真の愚臣ではないか? バラムよ」
「…………」
「父の名誉を守ることもせず、我がエリーニュス家が離散するがままに任せ、父の遺志たる施策を継いで領民を労い、守ることをせず。
……貴族とは名ばかりに傲慢下劣に振る舞う。………これ以上の愚臣が何処にいる。………申してみよ!! バラム・ヴール!!」
伯爵は何も答えない。
ただ静かに頭を垂れたたまま、押し黙っている。
「………どうにも」
少しして、バラムが口を開いた。
「なんだ?」
「どうにも……カイ様は平民共との暮らしで……毒されておられるようだ。……大方、そこな冒険者風情に涜されましたかな? なにやら吹き込まれてしまったか……ふふ」
「何が正しいかは私が決める。
……私とノエルを迎えに来たようだが、迎えてどうする? ……甘い言葉で誘い込み、この身を暴いて我が物としようとでも企んだか?」
「…………そのようなことは」
「でなければ何だ? エリーニュス家の領地と名誉。……返してくれるのか?」
「それに関しましては……私では何とも」
「であれば交わす言葉は最早ない。……私は貴公とは行かぬ」
沈黙が流れる。
だが、カイもバラムも。目を合わせたままで。
目と目を以て、切り結んでいる。
「………今日のところは、失礼いたします。……カイお嬢様。おぉ、そうでした申し上げるのを忘れていた。………イルムならば……廃嫡いたしました」
(………イルムを……!?)
「廃嫡……?」
「………新たな“宛てが”できましたからな。……かような愚か者は捨てました」
果たして、バラムが引き下がる。
馬車に乗り込むと、親衛隊たちに命令を出して戻っていく。
馬車が遠く、豆粒よりも小さく見える彼方へと去っていくのを見届けると。
「………はぁ。………怖かった」
「………カイっ!」
腰が砕けたかのように、カイがふらりと崩折れる。
急いで抱きかかえると、へたり込んだまま薄っすらと。
目に………涙を浮かべていた。
「怖かった………はぁ………凄く」
「………良くやったよ、カイ」
「あの目………」
「目……?」
「あと男の目。……厭な目だった。……気持ちが悪い………っ!」
この身を暴いて……とカイは言った。加えて、最後に言い残した“宛て”の一言。……まさか、バラムは。
バラムの来訪の目的は。
カイとノエルを……自分のモノとするつもりか!!
「カイ。………大丈夫だ。そんなことは絶対にさせない。……必ず守る」
抱き寄せる。
抱き寄せて、今は強く強く……抱きしめた。
「あの男の目! 最低よ!」
「カイさんを……カイお嬢様を……あんな目で……!」
「渡してなるもんですか!」
「良くわかんねぇが……カイは……エリーニュス様の御息女ってことでいいのか……?」
「こ、こいつぁ……! なんてこった!」
「だがよぉ……! どうあれバラムの野郎には渡せねぇ!」
街の人々にはもう。
隠し立てはできないだろう。だが、少なくとも。……この街の人々は、カイたちの味方だ。
俺も含めた誰も。
………カイたちをバラムに渡したりなどしない。必ず、守って見せる。
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